出願前の試作でデータ流出・新規性喪失を防ぐには? 弁理士法30条に基づく「安全地帯」での開発戦略

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出願前の試作で図面や3Dデータを外部に出すとき、「NDA(秘密保持契約)さえ結んでおけば大丈夫」と考えたくなります。ただ実務では、標準的なNDAや利用規約だけでは、再委託・クラウド上の管理・データの保存期間といった重要な部分まで十分にコントロールできず、「試作に着手するまでのスピードと、図面・3Dデータの機密保持・新規性維持という安全性のどちらを優先するか」という悩みを抱えがちです。

一方で、自社用にカスタマイズした厳密なNDAをまとめようとすると、相手方との条文調整や社内決裁に時間がかかります。「早く試作を進めたいのに、法務対応でスケジュールが止まってしまう」という「スピード vs 安全性」のジレンマを抱える場合もあります。

本記事では、このようなジレンマを解消するための選択肢として、弁理士法30条に基づく守秘義務のもとで試作体制を構築する「安全地帯での開発」という考え方をご紹介します。契約交渉を待たずに、法律上の強い守秘義務のもとで試作を進めつつ、外部へのデータ流出と新規性喪失のリスクを最小化する開発戦略を、実務の流れに沿って整理していきます。

1. 出願前の試作で発生する「アイデア流出」の本質的なリスク

出願前の試作でデータを外部に出すとき、単に「NDAがあるかどうか」だけで安全性を判断するのは危険です。 ここでは、詳細なNDAのチェックポイントそのものではなく、アイデア流出リスクに絞って整理します(具体的なNDA条文やチェックリストは別記事で詳しく解説しています)。

1-1. NDAだけでは解消しきれない「スピード vs 安全性」のジレンマ

NDAは、秘密情報の目的外利用や第三者提供を禁じるうえで有効なツールです。ただし、標準的な雛形や利用規約だけでは、次のような点が不十分なままになりがちです。

  • 再委託(下請け・協力会社)に関する情報共有の範囲や監督体制といった管理の実態
  • クラウドサービス上での機密データへのアクセス権限、保管期間・削除ルールなどの具体的な運用
  • 実績紹介・サンプル展示として、どこまで・誰に見せてよいかという利用範囲のルールなど

こうした部分まできちんと対応しようとすると、

  1. 相手方の標準規約と、こちらが求める条件との齟齬(ギャップ)の洗い出し
  2. そのギャップを埋めるために加筆・修正した契約案の作成
  3. 作成した契約案について相手方とのすり合わせ・再修正など

が必要となり、試作着手までに数週間単位の時間がかかることもあります。 その結果、

  • 安全性を重視すると、 開発スケジュールが大きく遅れる
  • スピードを重視すると、 契約上のグレーゾーンを抱えたまま試作が開始してしまう

という二択になりやすいのが実務上の悩みです。

NDAの具体的な確認ポイントは、 👉 出願前試作のNDAで必ず確認すべきポイント で体系的に整理しています。

1-2. 新規性喪失を「制度で取り戻す」のではなく、情報が外に出ない体制で防ぐ

もう一つ見過ごせないのが、新規性喪失のリスクです。 再委託先や関係者の不用意な取扱いで、

  • 試作品の写真が、会社のホームページやSNSで「制作実績」として公開されてしまう
  • 別の顧客との打合せや展示会で、「当社の試作事例」として第三者に見せられてしまう
  • クラウド上で想定外のメンバーが試作品を閲覧できる状態になってしまう

といったことが起きると、新規性が喪失し、原則として元には戻りません。 特許法には「新規性喪失の例外」もありますが、その適用には期限や手続き上の要件があり、すべてのケースで確実に救済してくれる制度とはいえません。

最も堅実な戦略は、出願前にはむやみに「情報を外部に出さず」、新規性喪失のきっかけ自体を作らないことです。 つまり、「契約さえ結んでいれば安心」と考えるのではなく、そもそも情報が外部に出ない体制・ルールで試作を行うことが、出願前試作のリスク管理として最も確実です。

2. 一般的なNDAと弁理士法30条の違い:契約上の義務 vs 法律上の義務

ここからは、本記事の核となるテーマである、「一般的なNDA」と「弁理士法30条の守秘義務」の違いに踏み込みます。

2-1. NDA:当事者間の合意に基づく「契約上の義務」

一般的なNDA(秘密保持契約)は、当事者同士が署名することによって初めて効力が生じる「契約上の義務」です。

  • 契約の範囲・定義は条文次第
  • 違反時の責任も、契約でどこまで定めているかに左右される
  • 特に試作のような受託サービスでは、多くの場合、相手側(試作会社・製造業者など)が用意した標準的なNDAや利用規約をベースに契約せざるを得ない

という性質上、「こちらが望むレベルの守秘管理」をそのまま実現できるとは限りません。 また、NDAは「紛争時の責任追及の枠組み」を整えるものであり、情報漏洩そのものを物理的に防いでくれるわけではないという限界もあります。

2-2. 弁理士法30条:依頼した瞬間に発生する「法律上の義務」

これに対して、弁理士は法律によって強い守秘義務を負っています。

弁理士法 第30条(秘密を守る義務) には、「弁理士又は弁理士であった者は、正当な理由がなく、その業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を漏らし、又は盗用してはならない。」とあります。

ここで重要なのは、次の3点です。

  • 契約の有無に関係なく適用される NDAのように個別に契約書を交わさなくても、相談・依頼を受けた段階で当然に適用されます。
  • 法律による義務であり、違反時の責任が重い 民事上の責任だけでなく、場合によっては弁理士としての資格に関わる問題になります。

つまり、弁理士に相談・依頼することは、NDAを交わす前の段階から、その情報が弁理士法に基づく守秘義務の対象として取り扱われることを意味します。

3. 「完全内製」の3D試作体制がつくる、二重の安全地帯

ここまで見てきたとおり、一般的なNDAだけでは「スピード」と「安全性」の両立が難しく、新規性喪失のリスクも完全には消せません。

そこで、弁理士法30条による守秘義務に加え、データの受領から造形・廃棄までを特許事務所内で完結させる試作体制を組み合わせることで、「契約交渉に頼らない安全地帯」をつくることができます。

3-1. 再委託なし・事務所内完結という物理的な遮断

弊所・知育特許事務所の3D試作サービスでは、次の方針を徹底しています。

  • 再委託なし 外部の加工業者や下請けに3Dデータを渡さず、事務所内の3Dプリンタで造形まで完結します。
  • 管理者限定 データにアクセスできるのは、守秘義務を負う弁理士に限定しています。
  • 事務所内での造形・保管・廃棄 試作品の造形・検証・不要となった際の廃棄まで、同じ守秘環境の中で処理します。

このように、契約上の禁止だけでなく、物理的にも「外に出る経路を閉じておく」ことで、偶発的な拡散リスクを構造的に下げることができます。

3-2. 新規性喪失の前提となる「情報を外部へ出すこと」を根本から断つ

前述のとおり、新規性喪失の根本原因は「情報を外部へ出すこと」です。 特許事務所で弁理士のみが扱う試作体制をとることで、

  • 試作品やデータが第三者の目に触れる機会を極小化できる
  • 試作品の写真が、会社のホームページやパンフレット、SNSなどで「制作実績」として勝手に使われることがない
  • 出願前に試作品などを「どこまで・誰に・いつ見せるか」を、弁理士と相談しながらコントロールできる

といったメリットが生まれます。

弁理士法30条による守秘義務(法律上の義務)特許事務所内で弁理士の管理下で完結させる試作運用(物理的な仕組み)= 新規性喪失の前提となる「情報を外部へ出すこと」を、そもそも起こさないようにする

というイメージです。 新規性喪失の例外制度に「頼る」のではなく、そもそも例外制度を使わなくて済むような設計にすることが、出願前試作のリスク管理としては最も堅実です。

3-3. 「NDA交渉の待ち時間」をゼロにして、そのまま試作へ

企業間で厳密な試作契約を結ぶ場合、どうしても避けられないのが次のプロセスです。

  1. 法務部門によるドラフトチェック
  2. 経営層・決裁者の承認
  3. 相手方との条文案のすり合わせ

このプロセスが数週間におよぶこともあります。 一方、弁理士に依頼する場合は、

  • 法律上の守秘義務が、相談の瞬間から自動的に適用される
  • データの受領から造形・保管・廃棄までを事務所内で完結させるため、再委託や外部流出の経路が存在しない

そのため、NDA交渉を待つことなく、すぐに図面やラフスケッチのやり取りを開始できます。 「安全性を確保しながら、開発スケジュールを遅らせない」ことが、この体制の最大のメリットです。

弁理士が3Dプリンタを事務所内に置いている理由や背景は、 👉 弁理士が3Dプリンターで試作まで支援する理由 で別途詳しく紹介しています。

4. よくある質問

Q1. 3Dデータがなくても、ラフスケッチから相談できますか?

A. はい、可能です。 手書きのスケッチや簡単な図面だけの段階でもご相談いただけます。 弁理士が内容を伺いながら、

  • まずは簡易試作で形状やサイズ感を確認すべきか
  • 形状が固まっているので、先に出願準備を進めたほうがよいか

といった内容を一緒に整理します。

図面だけの段階で「出願か試作か」を迷っている方には、 👉 図面だけの段階で「出願か試作か」を決める判断軸 もあわせてご覧いただくと判断しやすくなります。

Q2. 試作を依頼した場合、アイデアの権利(特許・著作権など)は誰に帰属しますか?

A. 原則として、依頼者さま(お客様)に帰属します。 当事務所が試作やデータ調整をお手伝いしたことにより、アイデアの権利が事務所側に移転することはありません。 権利の帰属や共同発明の扱いについて不安がある場合は、相談の初期段階で前提条件を確認しながら進めていきます。

Q3. 試作が終わったあと、そのまま特許出願や意匠出願まで相談できますか?

A. はい、そのままスムーズに次の相談に移行できます。 試作の過程で得られた、

  • 改良点や仕様変更の履歴
  • 想定以上の効果が出たポイント

などは、強い特許・意匠を目指すうえで重要な素材になります。 弁理士が試作段階から関わっていることで、その情報を途切れさせずに、明細書作成や図面の作成に反映させていくことができます。

試作後の「守る・改良・公開」の整理手順は、 👉 試作後の知財整理ガイド|情報の「守る・改良・公開」を分ける手順 で詳しく解説しています。

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👉 出願前試作のNDAで必ず確認すべきポイント
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👉 試作後の知財整理ガイド|情報の「守る・改良・公開」を分ける手順

次の一歩

「アイデアを外に出すのが不安だけれど、開発のスピードも落としたくない」

──そんなときは、弁理士法30条に基づく守秘義務と完全内製の3D試作体制を、ひとつの選択肢として検討してみてください。 契約書の条文交渉に時間をかける前に、まずは安全な「法律上の安全地帯」でアイデアと試作の進め方を整理しておくことで、リスクとスケジュールの両方をコントロールしやすくなります。

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この記事を書いた人:弁理士・米田恵太(知育特許事務所)

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米田恵太
知育特許事務所 代表弁理士(弁理士登録番号:第16197号)。 中小企業や個人の方を中心に、商標価値評価(簡易RFR)や 3Dプリント試作×知財戦略のサポートを行っている。商工会議所、金融機関、各種業界団体などでの講演実績も多数。 幼い頃、大切にしていたガンダムのカードをパクられた経験から、「大切なものをパクられないようにする」ために特許・商標・意匠などの知的財産の取得支援を行うとともに、取得した知財の価値を実感できるよう「守るだけでなく活かす」ことを重視している。 支援先は、メーカー、スタートアップ企業、個人発明家、デザイン会社、 マーケティング会社、ミシュラン掲載の飲食店など多岐にわたり、アイデアの保護や出願、3D試作、価値評価など、案件ごとに必要な部分を組み合わせてサポートしている。