特許の価値評価では、売上データをもとに特許の価値を算出するRFR法(ロイヤルティ免除法)がよく使われます。しかしスタートアップのようにまだ売上がない段階や、赤字企業のように将来の収益予測が立てにくい状況では、この手法が使えないケースがあります。そのときの選択肢が「コストアプローチ(再調達原価法)」です。将来の収益ではなく、特許を取得するまでにかかったコストを根拠に価値を算出する方法です。
RFR法が使えない状況でも、特許の価値が0円になるわけではありません。その理由は、その特許と同等の独占権を他社が手に入れようとすれば、ゼロから同じ技術を開発し、出願・審査を経て特許になるまでの研究開発費・人件費・出願費用などを丸ごと負担する必要があるからです。売上の有無にかかわらず、「他社が同じ権利を一から取得するためにかかるコスト」が特許の価値の根拠になります。
コストアプローチでは、この考え方をもとに「今から同じ技術を一から開発・出願したらいくらかかるか」を積み上げて価値を算出します。将来収益の予測が立てにくいケースでも、客観的な特許の価値を示しやすくなります。
なお、具体的な事業計画がある場合は、コストアプローチで最低限の特許の価値を算出し、その事業計画をもとにRFR法で将来収益も加味した価値を示すという組み合わせも可能です。以下では、各手法の仕組みと実務での使い方を整理します。
RFR法が使えないケースとは
特許の価値評価で最も一般的に使われるのは、RFR法(ロイヤルティ免除法)です。これは「もしこの特許を自社で持っていなければ、他社にライセンス料を払って使わせてもらう必要があった」という考え方をベースに、「自社で特許を持つことで払わずに済んでいるライセンス料の総額」を特許の価値とみなす手法です。
しかし、スタートアップや研究開発型企業において、「製品がまだプロトタイプ段階である」「市場自体がこれから作られる」といった状況では、将来の売上予測に客観的な根拠を持たせることが極めて困難です。
根拠の薄い売上予測に基づいてRFR法を無理に適用すると、「根拠のない希望的観測で計算された評価額」になってしまい、第三者を納得させる根拠として機能しません。将来収益が見込めない、あるいは予測の確度が低すぎる場合には、RFR法の使用は見送ることをお勧めします。
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コストアプローチ(再調達原価法)の出番
RFR法が使えない場合の選択肢となるのが「コストアプローチ」です。これは、将来の「儲け」ではなく、過去または現在の「費用」に着目して価値を算出する手法です。
コストアプローチには複数の方法がありますが、特許評価では「再調達原価法」が使われることが多いです。過去の実際の支出ではなく「今から同じものを作ったらいくらかかるか」を基準にするため、費用の記録が不完全な場合でも算出しやすいからです。将来収益が不透明な特許であっても、誰が見ても納得しやすい客観的な最低限の価値を提示することが可能になります。
この考え方は、まだ事業に使っていないスタートアップの特許だけでなく、大企業が保有しているものの現在は使っていない特許(休眠特許)の評価にも適用されます。
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再調達原価法で積み上げる3つのコスト
コストアプローチ(再調達原価法)では、具体的に以下のような項目を金額に換算して積み上げていきます。
- 研究開発費: その技術を完成させるまでに投入したエンジニアの人件費、実験材料費、設備費など。実際の支出記録が不完全な場合でも、業界水準の単価をもとに推計することができます。
- 特許取得費用: 弁理士への依頼費用、特許庁への出願料・審査請求料・登録料など
- 陳腐化の控除: 技術の進歩によって古くなった部分があれば、その分をマイナスする
これらを計算することで、「この特許と同等の権利を他社が手に入れようとすれば、最低でもこれだけのコストと時間がかかる」という明確な数字の根拠が出来上がります。
資金調達・M&A で特許評価が役立つケース
M&Aの場面では、業績が赤字だと会社全体の評価が低くなりがちです。しかし特許の価値を数字で示すことができれば、「財務状況は赤字だが、この技術資産にはこれだけの価値がある」と、財務諸表だけでは見えない価値を数字で伝えることができます。ベンチャーキャピタルからの出資においても、同様に技術資産の価値を客観的な数字で示すことができます。
なお、具体的な事業計画がある場合は、コストアプローチで最低限の特許の価値を算出し、その事業計画をもとにRFR法で将来収益も加味した価値を示すという組み合わせも可能です。「最低でもこれだけの価値がある、事業が立ち上がればここまで伸びる」という二段構えの根拠は、交渉において説得力が増します。
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よくある質問
Q1. 開発にかかった費用(領収書など)が正確に残っていないのですが、評価できますか?
A. はい、可能です。過去の実際の支出が不明な場合でも、「今、標準的なエンジニアを雇って同じものを作ったらいくらかかるか」という業界水準の単価を用いて推計することができます。
Q2. コストアプローチで算出した評価額はあくまで最低限の価値ということですが、特許が将来生み出す収益は反映されないのですか?
A. コストアプローチ単体では、将来の収益を評価額に織り込むことは難しいです。ただし、具体的な事業計画がある場合は、コストアプローチで最低限の価値を示しつつ、RFR法で将来収益も加味した価値を示すという組み合わせが可能です。事業の進捗に合わせて評価手法を切り替えることも選択肢の一つです。
Q3. まだ特許が出願中(審査待ち)の段階でも評価は可能ですか?
A. 可能です。ただし、最終的に特許として登録されないリスク(不確実性)があるため、登録済みの特許と比べると評価額を一定割合割り引く(ディスカウントする)のが一般的です。
まとめ
売上や利益が出ていない段階でも、特許の価値が失われるわけではありません。
将来収益の予測が立てにくい場合はRFR法ではなくコストアプローチを選び、「同じ特許を今から取得したらいくらかかるか」を積み上げることで、価値の最低限を客観的な数字で示すことができます。具体的な事業計画が揃っていれば、コストアプローチとRFR法を組み合わせて、最低限の価値と将来収益を加味した価値の両方を示すことも可能です。
M&Aや資金調達の場面で、財務諸表だけでは見えない技術資産の価値を数字で説明できることが、適正な評価を引き出すことにつながります。
「自社の特許を正当に評価してもらえない」「資金調達の交渉材料がほしい」とお悩みの方は、まずは特許の価値を数字で整理するところから始めてみてください。
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参考文献
- 大津洋夫『知財活用の局面・目的に応じた知的財産価値評価の実務』(経済産業調査会、2019年)
※本記事は弁理士の立場から特許の価値評価の考え方を整理した一般的な情報提供です。M&Aや資金調達における個別の判断については、税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。
この記事を書いた人:弁理士・米田恵太(知育特許事務所)















