📜 判決文全文
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主 文
の内燃機関用ピストン若しくはその包装に付し,又は自動車の内燃機関
用ピストン若しくはその包装にこれらの標章を付したものを販売し,又
は輸出してはならない。
2被告山商は,自動車の内燃機関用ピストン若しくはその包装に別紙被
2 告標章目録記載1及び2の各標章を付したものを販売し,又は輸出して
はならない。
3被告箱崎貿易は,自動車の内燃機関用ピストン若しくはその包装に別
紙被告標章目録記載1及び2の各標章を付したものを販売し,又は輸出
してはならない。
4被告らは,別紙被告標章目録記載1及び2の各標章を付した自動車の
内燃機関用ピストン若しくはその包装,パンフレット,カタログ,ポス
ターその他広告物を廃棄せよ。
5被告平塚金属は,別紙被告標章目録記載1及び2の各標章を付した自
動車の内燃機関用ピストン製造のための金型を廃棄せよ。
6被告平塚金属は,原告に対し,2156万7943円及びこれに対す
る平成27年10月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。
7原告のその余の請求をいずれも棄却する。
8原告と被告平塚金属との間の訴訟費用はこれを5分し,その2を被告平塚金属の負担とし,その余を原告の負担とし,原告と被告山商との間
の訴訟費用はこれを3分し,その2を被告山商の負担とし,その余を原
告の負担とし,原告と被告箱崎貿易との間の訴訟費用はこれを3分し,
その2を被告箱崎貿易の負担とし,その余を原告の負担とする。
9この判決は,第1項ないし第3項及び第6項に限り,仮に執行することができる。
第1 請求
1被告平塚金属は,別紙被告標章目録記載1ないし3の各標章を,自動車の内
燃機関用ピストン若しくはその包装に付し,又は自動車の内燃機関用ピストン
3 若しくはその包装にこれらの標章を付したものを販売し,又は輸出してはなら
ない。
2被告山商は,自動車の内燃機関用ピストン若しくはその包装に別紙被告標章
目録記載1ないし3の各標章を付したものを販売し,又は輸出してはならない。
3被告箱崎貿易は,自動車の内燃機関用ピストン若しくはその包装に別紙被告標章目録記載1ないし3の各標章を付したものを販売し,又は輸出してはなら
ない。
4被告らは,別紙被告標章目録記載1ないし3の各標章を付した自動車の内燃
機関用ピストン若しくはその包装,パンフレット,カタログ,ポスターその他
広告物を廃棄せよ。
5被告平塚金属は,別紙被告標章目録記載1ないし3の各標章を付した自動車
の内燃機関用ピストン製造のための金型を廃棄せよ。
6被告平塚金属は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成27年10月2
9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7訴訟費用は被告らの負担とする。
8仮執行宣言
第2 事案の概要
1本件は,別紙商標権目録記載1及び2(以下,それぞれ「原告商標1」及び
「原告商標2」といい,併せて「原告各商標」という。)の商標権を有する原
告が,被告平塚金属が製造・販売・輸出し,被告山商及び被告箱崎貿易が輸出している内燃機関用ピストンに,被告平塚金属が別紙被告標章目録記載1ない
し3の各標章(以下,番号に応じて「被告標章1」などといい,被告標章1な
いし3を併せて「被告各標章」という。)を付し,また,被告らが,被告各標
章を付した箱に同ピストンを収納して,販売・輸出していると主張して,被告
らに対し,被告各標章を付した同ピストンの販売等の差止め並びに同ピストン,
包装及びパンフレット等の廃棄を求め,併せて,被告平塚金属に対し,同ピス
4 トンの金型の廃棄を求めるとともに,不当利得返還請求として商標使用料相当
額の一部である1億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成27年
月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支
払を求める事案である。
2前提事実(当事者間に争いがない事実並びに文中掲記した証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実)
(1) 当事者
ア原告は,昭和20年12月28日に設立された,各種内燃機関用ピスト
ンの製造・販売を主たる目的とする株式会社である。
被告平塚金属は,昭和33年12月6日に設立された,各種内燃機関用ピストンの製造・販売を主たる目的とする株式会社である。
原告及び被告平塚金属は,いずれもA(以下「A」という。)を代表者
として設立された会社である。Aは,昭和49年まで両社の代表者を務め,
同氏の死去後はその子であるB(以下「B」という。)が両社の代表取締
役に就任した(乙5,6)。
イ被告山商は,自動車部品の販売・輸出を主たる目的とする株式会社であ
ウ被告箱崎貿易は,大型車両用修理部品,用品の販売・輸出を主たる目的
とする株式会社である。
(2) 原告各商標と被告各標章ア原告は,原告各商標の商標権を有している。
イ原告商標1及び2は,それぞれ,被告標章1及び2と同一である(以下,
これらの標章を総称して「ART」といい,同各標章が付された製品を「A
RT製品」ということがある。)。
ウ被告平塚金属が製造し,被告各標章を付して販売等していた内燃機関用ピストン(以下,被告平塚金属が製造する内燃機関用ピストンを「被告製
5 品」という。)は,原告商標1の指定商品である第7類の「自動車の発動
機の部品」に含まれ,また,原告商標2の指定商品である第7類の「陸上
の乗物用の動力機械の部品」に含まれる。
(3) 被告らによる標章の使用
ア被告平塚金属は,平成6年7月以降,被告製品に被告標章1及び2を付し,又は被告標章1及び2を付した箱に被告製品を入れて販売し,又は中
東,東南アジアなどへ輸出している。
イ被告平塚金属は,平成26年頃から,被告製品に被告標章3を付し,又
は被告標章3を付した箱に被告製品を入れて販売又は輸出している。
ウ被告山商は,被告標章3を付した被告製品を中東などへ輸出している。
エ被告箱崎貿易は,被告標章3を付した被告製品を東南アジアなどへ輸出
している。
3争点
(1) 原告各商標と被告標章3の類否
(2) 原告各商標の使用許諾契約の成否及びその解約の有効性
(3) 原告の請求は権利濫用に当たるか
(4) 不当利得の発生及びその額
第3 当事者の主張
1争点(1)(原告各商標と被告標章3の類否)について
(1) 原告各商標
原告商標1の外観は,ローマ字で構成される「ART」である。原告商
標2の外観は,ローマ字で構成される「ART」が右斜めの字体となっており,また「ART」の前後に,「“」「”」が付されている。
6 イ称呼
原告各商標は,いずれも「アート」との称呼を生じる。
ウ観念
原告各商標は,英語で「芸術」「美術」の意味合いを有し,これらの意
味を観念させる。
(2) 被告標章3
被告標章3の外観は,ローマ字で構成される「HART」である。
イ称呼
被告標章3は,「ハート」又は「H(エイチ)アート」との称呼を生じウ観念
被告標章3は,「H社のアート」の意味合いを有し,かかる意味を観念
させる。
(3) 原告各商標と被告標章3の対比商標の類似性の判断は,外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,
記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,しかもその商品の取引
の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況によって判断すべきで
ある。
ア外観,称呼の類似被告標章3の外観は,「ART」に「H」を付加しただけであり,原告
各商標の外観と類似している。被告標章3の「H」は,被告平塚金属の商
号である「平塚」を意味する「Hiratsuka」のイニシャルである。
被告標章3から生じる称呼のうち,「ハート」という称呼は,原告各商
標の「ア」と被告標章3の「ハ」の母音がいずれも「ア」であることによると,原告各商標と類似している。また,「エイチ(H)アート」という
7 称呼については,いずれにも「アート」が含まれ,被告標章3は「アート」
の前に「H(エイチ)」が付されただけであるので,原告各商標と類似し
ている。
イ取引の実情
原告は,自動車の内燃機関用ピストンを製造・販売しており,出荷の際には化粧箱に「ART」の文字で斜めにした状態で印字している(甲3)。
そして,被告平塚金属は,出荷の際,化粧箱に「HART」の文字を斜め
にした状態で印字しており,原告と同じ色と字体を用いている(甲4)。
また,被告平塚金属は,使用するロゴを被告標章1及び2(ART)か
ら被告標章3(HART)に順次変更するに当たり,「HARTFROMHIRATSUKA “ART”」というポスター等を作成し,キャ
ンペーンを行った(甲5の1ないし3,甲6)。このように,被告平塚金
属は,被告標章3について,被告平塚金属のイニシャルである「H」を「A
RT」の前に置いたもので,「HIRATSUKA」の「ART」を意味
するものと宣伝しているのであるから,いまだに「ART」のブランド力にただ乗りしているということができる。
ウ全体的判断
全体的に考察してみて,「ART」と「HART」は,外観,称呼にお
いて紛らわしい関係にあるだけでなく,被告平塚金属が,原告の「ART」
と被告平塚金属の「ART」の2種類があると認識されるようにキャンペーンをしていることから,原告の製品も被告平塚金属の製品も同じ「AR
T」ブランドであると感得され,自動車の内燃機関用ピストン市場におい
て,需要者が両者を混同するおそれがある。
以上のとおり,原告各商標と被告標章3とは類似する。
8 (1) 外観,観念,称呼の類否について
被告標章3は「HART」の欧文字4文字であるのに対し,原告各商標
は「ART」の欧文字3文字であり,語頭の「H」の1文字の有無の差は,
全体の4分の1と占める割合も多く,共通部分の文字の大・小文字及び書体が同一であることを考慮したとしても,明らかに相違する。
イ観念
被告標章3の「HART」は,「雄ジカ(特に5歳以上のアカシカ;今
はstagがふつう;優美さの象徴)」を意味する英単語であるが,我が
国では親しみのない英語であり,「造語」と解されることも多い。これに対し,原告各商標の「ART」は,「芸術」を意味するものとして,小・
中学生でも理解する英単語であり,両者の意味合いが交錯する可能性はな
いから,観念も類似していない。
ウ称呼
被告標章3は「ハート」の称呼が生じ,原告各商標は「アート」の称呼が生ずる。3音構成の極めて短い称呼の 1音が相違し,また,語頭音は極
めて重要な要素であるから,明らかに相違する。
(2) 取引の実情について
原告は,被告による被告標章3の使用態様が原告による原告各商標の使用
態様と類似すると指摘するが,これは,従前,原告が青箱,被告平塚金属が白箱を使用するという棲み分けがされていたところ,原告が平成22年頃,
突如として白箱の使用を開始して意図的に外観の類似を生じさせたものであ
る。また,原告が指摘するポスター等は,被告平塚金属が無用の争いを避け
るために,使用する標章を被告標章1及び2から,被告標章3へと切り替え
るに当たり,被告平塚金属の顧客に対し,製品の品質は変わらないことを告知するために作成したもので,原告のブランド力にただ乗りしようとするも
9 のではない。
以上のとおり,原告各商標と被告標章3とは類似していない。
2争点(2)(原告各商標の使用許諾契約の成否及びその解約の有効性)について
(1) 原告各商標の使用許諾契約の成否Aは,昭和33年12月に被告平塚金属が設立された際,原告代表者とし
て,同被告に対し,原告各商標を無償で使用許諾する旨の決定をした。さら
に,原告は,昭和48年10月25日以降,原告作成の各規定(乙8ないし
10)により,原告各商標の使用方法(ARTマークの浮出し位置及び大き
さ等)を具体的に指示し,被告平塚金属は,原告から指示された態様で原告各商標の使用を継続してきた。したがって,原告と被告平塚金属は,遅くと
も昭和48年の時点で,被告平塚金属が原告各商標を無償で使用することに
ついて原告が許諾する旨の合意をした(以下「本件使用許諾契約」という。)。
これに対し,原告は,原告の取締役会の承認がないから本件使用許諾契約
は無効であると主張をするが,原告が詳細な規定まで作成して被告平塚金属に原告各商標の使用方法を指示していたことからして,取締役会の承認があ
ったことは明らかである。
(2) 本件使用許諾契約の解約の有効性
原告は,民法の使用貸借の規定を類推適用し,原告は本件使用許諾契約を
いつでも解約することができると主張する。しかし,商標の使用許諾契約は,
商標を営業行為に使用して営業活動を発展的に行うために締結されるもので
あるから,使用貸借とは前提を異にしており,商標の無償使用許諾契約に使
用貸借の規定を類推適用することはできない。
仮に,本件使用許諾契約に使用貸借の規定が適用されると解されるとして
も,本件使用許諾契約には,期間の定めはなく,その目的は被告平塚金属の製品の販売数量を増加させることにあるところ,同被告がその製品を販売し
10 ている限り,上記目的は達成されていないのであるから,原告は本件使用許
諾契約の解約をすることはできない。
また,本件使用許諾契約には,解約事由や終了事由に関する特約は存在し
ない。原告は,本件使用許諾契約の許諾期間は被告平塚金属がアートグルー
プの一員である期間に限られ,かつ,原告の管理下において使用するという制限の付されたものであると主張するが,原告と同被告との間でそのような
期間及び条件について合意したことはない。仮にそのような制限等があると
しても,被告平塚金属は,平成23年度まで原告の依頼を受けて,原告が販
売する製品を製造していたのであるから,アートグループの一員であったと
いうべきである。
さらに,原告は,平成6年7月以降,被告平塚金属との間で,原告各商標
の使用に関する協議を継続していた。具体的には,①平成6年7月4日及び
平成11年10月25日に開催された原告と被告平塚金属間の打合せでは,
原告各商標の使用に関する結論は出ず(乙11,12),②平成13年3月
に開催された打合せでは,同被告が原告の協力会社に復帰することについての話合いがされ,その際,原告から「マルS市場で統一したARTマーク品
の販売網で価格の安定化を図る」ことが提案され(乙13),③平成16年
12月22日に開催された打合せでは,原告から,同被告に対し,包装材の
「“ART”ARTKINZOKUKOGYOCO.LTD.」と
の表示を変更するように要請があったことから,同被告は,平成17年1月,
その表示を「“ART”HIRATSUKAMETALMFG.CO.
LTD.」へと変更したが(乙14),同変更後,これを認識した原告から
の苦情,異議等はなかった。
このように,原告と被告平塚金属との間では,原告各商標の使用について
の協議が継続されていたのであるから,平成6年7月以降も,原告が原告各商標の使用を許諾していたという状況に変わりはなく,本件使用許諾契約は
11 終了していない。
(1) 本件使用許諾契約の成否
原告は,被告平塚金属に,原告各商標の使用許諾をしたことはない。被告
平塚金属は,原告から禁止されていたにもかかわらず,原告各商標の使用を継続していたにすぎない。仮にAが,取締役会の承諾なしに,原告と被告平
塚金属の双方を代表して本件使用許諾契約を締結したとすれば,会社法に違
反し無効である。
(2) 本件使用許諾契約の解約の有効性
本件使用許諾契約が成立したとしても,同契約は,期限の定めなく,他人の権利を無償で使用することを内容とするものであるから,民法597条3項
(使用貸借)の趣旨を類推して,原告は,被告平塚金属に対し,いつでも原
告各商標の使用権の返還を求めることができると解すべきである。
また,本件使用許諾契約は,被告平塚金属がアートグループの一員であるこ
とを前提とするものであるから,その許諾期間は同被告がアートグループの一員である期間に限られ,かつ,原告の管理下において原告各商標を使用す
る限りで許諾されるという制限の付されたものであると解すべきである。被
告平塚金属は,平成6年7月頃,原告に対し,アートグループから離脱した
いと要望し,原告からの説得に応じなかったため,原告は,同月4日付け書
面(甲12)をもってこれを了承するとともに,被告平塚金属に対し,原告が発注した製品以外に原告各商標を使用することを禁じたのであり,これを
もって本件使用許諾契約は終了した。
仮に本件使用許諾契約の解約に正当な理由を要するとしても,本件使用許
諾契約は上記のとおりの存続期間や制限があることや,被告平塚金属が,独
立後は原告各商標が使用できないことを承知の上で独立を選択したことからすれば,原告が本件使用許諾契約を解約することには,正当な理由がある。
12 被告らは,原告は平成6年7月以降も原告各商標の使用を許諾していたと
主張する。しかし, ①平成6年7月4日の原告と被告平塚金属との打合せの
席上,同被告側の出席者から,「ロイヤリティーを支払う用意もある。」と
の発言があったことは,同被告が原告各商標を無償で使用する権限がないこ
とを認識していたことを示す事実であり,②原告は,同年9月14日付け書面(甲2の1)により,同被告に対し,アートブランドの使用をしないよう
に通告し,③平成11年10月25日及び平成13年3月の打合せにおいて
も,原告が同被告に対し原告各商標の使用を許諾したことはなく, ④原告は,
平成17年2月頃,弁理士から誤った助言を受け,以後,同被告に対して警
告等をしていなかったが,平成25年9月頃に原告代理人弁護士に改めて相談をした上で,同年10月21日付け「警告書」(甲2の4の1,2。以下
「本件警告書」という。)を同被告に送付し,原告各商標の使用の差止めを
請求した。
以上のとおり,原告は,平成6年7月以降に被告平塚金属が原告各商標を使
用することを許諾したことはない。
3争点(3)(原告の請求は権利濫用に当たるか)について
以下の各事情を総合すると,原告の本件請求は権利の濫用というべきである。
(1) 被告平塚金属は,平成3年頃,取引先を原告に移管するよう求められ,売
上高を維持するという原告の説明を信じて,販売口座の移管に関する契約(乙19)を締結したが,原告は,約束を履行せず,結果的に,同被告は,取引
先を原告に奪われ,売上高が大幅に減少した。
(2) 昭和33年から平成6年までの36年間,被告平塚金属が原告各商標を使
用することについて何ら争いはなく,同被告は,平成25年まで55年間も
原告各商標の使用を継続していた。
(3) 原告が,平成6年,被告平塚金属に対し,(住所は省略)に所在する同被
13 告の工場を閉鎖し,(住所は省略)にある原告の工場に移転するという無理
な要求をし,同被告がこれを拒否したところ,原告各商標の使用の中止を要
求するに至った。
(4) 平成6年以降,海外のメンテナンス市場を拡大し,原告各商標の名を海外
に広めたのは被告平塚金属である。
(5) 平成17年以降は,原告製品は青い外箱に,被告平塚金属の製品は白い外
箱に収められて,海外に輸出され,原告製品と同被告製品は市場での棲み分
けが行われ,需要者,取引者に誤認混同は生じていない。
本訴における原告の各請求は権利濫用に当たらない。商標権者としての当然の権利行使である。
4争点(4)(不当利得の発生及びその額)について
(1) 請求の趣旨6に係る不当利得額
ア被告平塚金属の売上被告平塚金属の被告各標章の使用は,原告各商標権を侵害するものであ
る。被告平塚金属は,平成26年頃まで,被告標章1及び2を使用して被
告製品を製造販売し,同年頃から現在まで,被告標章3を使用して被告製
品を製造販売している。これらの被告製品の販売による被告平塚金属の平
成17年度から平成26年度までの10年間の売上額は,同被告の決算書によれば,180億6100万円である。このうち約21億円は,平成1
7年度から平成23年度までの間に,原告が被告平塚金属に対して発注し,
原告に納入された製品に関するものであるから,これを控除した159億
6100万円が,原告各商標権の侵害行為による売上額である。
イ使用料率原告各商標の使用料率は,「ART」ブランドの著名性及び顧客吸引力
14 等を考慮すれば,売上高に対して,6%を下ることはない(甲15)。
ウ不当利得額
被告平塚金属は,原告各商標の使用料を支払うべきところ,これを支払
わなかったことにより,9億5766万円を不当利得した。
計算:159億6100万円×6%=9億5766万円エ請求額
原告は,上記ウの不当利得金の一部である1億円(平成17年10月1
0日から順に発生する不当利得返還請求権を加算して1億円に至るまで)
及びこれに対する遅延損害金の支払を求める。
(2) 平成25年10月23日以降に被告標章1及び2の使用により生じた不当利得額
ア被告平塚金属は,平成25年10月23日以降における被告標章1及び
2を使用した被告製品の売上額について,少なくとも7億1893万14
21円であると認めている。
イ被告平塚金属は,平成26年9月以降,被告製品に使用する標章を,被告標章1及び2から被告標章3へと順次切替えをしており,同月から同年
12月までの間の被告標章3を使用した被告製品の売上は1億6461万
6904円であったと主張するが(乙34),客観的な裏付けに乏しい。
また,被告平塚金属が開示した資料によると,被告標章3を付した製品
の生産数は,同期間に納入された中箱の納品数を大幅に上回っており,同被告は,在庫として残っているART製品の中箱に,被告標章3を付した
製品を入れて出荷した可能性が高い。
これに加えて,ART製品の顧客吸引力,著名性も考え併せると,少な
くとも,被告標章3を使用した被告製品の売上として被告平塚金属が主張
する金額の80%は被告標章1及び2を付した被告製品若しくは被告標章1,2を付した中箱を使用した被告製品の売上げであると推認すべきであ
15 る。
したがって,平成25年10月23日から平成26年12月31日まで
の間の被告標章1及び2を使用した被告製品の売上額は8億5062万4
944円を下らない。
〔被告平塚金属の主張〕
(1) 請求の趣旨6に係る不当利得額
被告平塚金属が,平成23年度まで,ピストンの製造を原告から受託し,
平成26年まで,原告各商標と同一である被告標章1及び2を付した被告製
品を製造販売していたことは認める。しかし,原告の主張する被告平塚金属
の決算書上の売上高は,OEMによる製品を含むものであるので,被告標章1,2を付した製品の売上高とは全く異なるものである。
(2) 平成25年10月23日以降に被告標章1及び2の使用により生じた不当
利得額
ア被告平塚金属は,平成26年3月から「ART」の刻印の金型に「H」
を追加して刻印し,被告標章3の金型へと順次切り替え,生産計画表(乙39ないし45)記載のとおり同年6月から被告標章3を付した製品の生
産を開始した。取引先への販売については同年10月1日以降の出荷分か
ら順次切り替え(被告山商については同年9月から販売),被告標章1及
び2を付した製品の販売は同年12月に終了した。
イ原告各商標の使用料率は,1%が相当である(乙33)。
ウ被告平塚金属が,本件警告書を受領した日の翌日である平成25年
月23日以降に被告標章1及び2を付した被告製品を販売した数量及び
金額は,それぞれ,53万0476個及び7億1881万0221円(乙
32)に,数量48個及び金額12万1200円を追加したものである。
すなわち,平成25年10月23日以降における被告標章1及び2を付した被告製品の売上額は,7億1893万1421円である。
16 平成26年9月から同年12月までの間の,被告標章3を付した被告製
品の売上額は,1億6461万6904円である(乙34)。原告は,そ
のうち80%が被告標章1及び2を付した被告製品に係るものであると主
張するが,何ら根拠がない。
第4 当裁判所の判断
前記第2,2の前提事実に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次
の各事実が認められる。
(1) 被告平塚金属の設立当初の状況等
ア被告平塚金属は,原告の関連会社として,昭和33年12月に設立され,
原告と被告平塚金属の代表者は,昭和49年までAが務め,同人の死後は,
その子のBが代表取締役に就任した。原告と被告平塚金属は,いずれも,
自動車の内燃機関用ピストン等を製造し,同被告は,三菱自動車工業株式
会社,ヤンマーディーゼル株式会社,三菱重工株式会社など,主として神
奈川県内に工場等を有する企業と継続的な取引を行っていた。(乙5~7,
15~18)
イ原告及び被告平塚金属は,同被告の設立以降,資本の系列並びに代表者
及び役員を同一とする系列会社として,それぞれ独立採算ではあるものの,
ピストンその他の自動車部品の販売の生産・販売に当たり,共通の標章と
して原告各商標を用いて活動を行っていた。(乙7)
原告は,昭和48年10月,原告各商標のマークの大きさ及び浮出し位
置等についての規定を作成し,それ以降,原告及びその関連企業は,同規
定に従って製造したピストンに原告各商標を付し,原告に納入するととも
に,自らも自社製品として販売及び輸出していた。(乙5,7~10)
ウ原告においては,トヨタ自動車からの出資を受けたことに伴い,平成2年,その代表者が,BからC(以下「C」という。)に交代した。他方,
17 被告平塚金属の代表者はBが引き続き務めていた。Cは,ピストン等の生
産拠点が原告の所在地である(住所は省略)と被告平塚金属の所在地であ
る(住所は省略)に分かれているのは非効率であるとして,同被告の従業
員,工場等を(住所は省略)に移し,生産拠点を一本化することを推進し
た。(争いのない事実,弁論の全趣旨)
こうした方針を受けて,原告と被告平塚金属は,平成3年6月20日,
「販売口座の移管に関する契約書」(乙19)を作成し,ART製品につ
いて,同被告から直接販売していた顧客に対する販路を,原告経由へと変
更することについて同意した。同契約書には,「平塚金属には,損失をさ
せない前提である」との記載がされているが,その後,同被告の業績は悪化し,従業員のうち約100名が退職するに至った。(乙19,20)
このような業績悪化を受けて,被告平塚金属は,海外市場の開拓に力を
入れ,海外向けメンテナンス製品として原告各商標を付したピストンを販
売する事業を展開するようになった(こうした海外向けの製品は,原告及
び被告平塚金属ではスペア・パーツを意味する「マルS」と略称されている。)。(乙12,13,30の1及び2)
(2) 原告と被告平塚金属の平成6年以降の協議の状況等
ア被告平塚金属は,平成6年6月頃,原告に対し,「アートグループ」か
ら独立する旨の意思を表明した。これに対し,原告は,平成6年7月4日
付け書面をもって,
① 被告平塚金属が今後原告以外から直接受注する品目について原告各商標を使用しないこと,
②原告が被告平塚金属に発注して
いる品目のうち,原告口座から同被告口座に移管するものについて原告各
商標を使用しないこと,
③上記②のうち,当面原告各商標を使用せざるを
得ない事情があるものについては,必要な品目に限り当面の経過措置とし
て両者が使用契約を結び,同被告が原告各商標を暫定的に使用できるものとすることなどを条件として,同被告が「アートグループ」から離脱する
18 ことを了解する旨を同被告に伝えた。(甲12)
また,原告と被告平塚金属は,平成6年7月4日に打合せを開催し,そ
の席上,同被告側からは,アートブランドの使用制限などが記載された書
面の内容は承諾できないが,状況によっては,ロイヤルティを支払う用意
もあるので継続発注を願いたいとの発言があり,また,原告側からは,状況によりアートブランドのロイヤルティを支払う方向での継続発注を考え
るなどの発言がされ,結論的には,協議を継続することとされた。(乙1
1)
イ原告は,平成6年9月14日,被告平塚金属に対し,アートブランドの
使用は不可である旨通告した。原告は,平成7年9月30日及び平成9年7月24日にも,被告平塚金属に対し,原告各商標の使用について警告を
した。(甲2の1ないし3)
ウ被告平塚金属は,平成8年9月17日,「HART」(称呼:ハート。
区分:第7類ピストン〔機械用又はエンジン用の部品〕)について商標
出願をし,平成10年6月5日に登録されたが,平成20年6月5日,上記登録は,期間満了により抹消された。(乙28)
エ原告と被告平塚金属は,平成11年10月25日,「マルSの営業,生
産,販売活動の方向性確認」を議題の一つとして打合せを開催した。同打
合せの席上,原告から,被告平塚金属が原告の協力会社としてやっていけ
ないかという打診があり,同被告側からは,将来原告の協力会社となることには異存がないが,OEMでの新規発注が難しいとなると,過去の経緯
もあり慎重にならざるを得ない旨の回答がされた。(乙12)
オ原告と被告平塚金属は,平成13年3月,打合せを行い,平成3年当時
の関係に復帰し,「マルS市場で統一したARTマーク品の販売網で価格
の安定化を図る」ことについての話合いが行われた。平成13年当時,被告平塚金属では,原告からのOEMとしての受注の売上が月4000万円
19 ないし5000万円,被告平塚金属独自販売品の売上が9000万円ない
し1億円程度であり,いずれの製品にも原告各商標を付していたところ,
原告は,同被告独自販売品の比率を徐々に減少させ,将来的には原告各商
標を付した製品に係る営業活動を原告に一本化することを要望した。しか
し,両社は合意に至らなかった。(乙13)
カ原告は,平成16年12月22日,被告平塚金属に対し,「ART.M
ETAL.MFG」の使用を停止するよう通告し,被告平塚金属は,平成
17年1月,箱の表示を「“ART”ARTKINZOKUKOGY
OCO.LTD.」から「“ART”HIRATSUKAMETAL
MFG.CO.LTD.」に変更した。その後,原告が,変更後の表示について異議を述べたことはなかった。
原告は,平成17年に箱のデザインを変更し,青い色で斜体のARTと
いう文字が連続して印刷された箱(乙25)を使用するようになった。こ
の結果,海外では,「青箱」は原告製品,「白箱」は被告平塚金属の製品
と認識されるようになったが,原告は,平成22年に一部の国について箱のデザインを「白箱」に戻した。
(乙14,24~26,争いのない事実)
キ原告は,平成23年度まで,被告平塚金属に対し,自動車の内燃機関用
ピストンの製造を委託していた。(争いのない事実)
(3) 本訴に至る経緯ア原告は,平成25年10月,被告平塚金属に対し,「ART」の使用停
止を求める本件警告書(甲2の4の1)を送付し,本件警告書は,同月2
2日,被告平塚金属に到達した。(甲2の4の1・2)
イ原告は,平成26年9月12日,被告平塚金属を相手方として,被告各
標章の使用の差止等及び原告各商標の使用料相当額の不当利得返還を求めて,調停を申し立てたが,平成27年7月3日,不成立となった。(乙2
20 7の1ないし9)
ウ被告平塚金属は,平成26年2月19日,被告標章3について商標出願
をし,同年6月27日,登録を受けた。指定商品は第7類(陸上の乗物用
動力機械の部品,動力機械器具〔陸上の乗物用のもの及び「水車・風車」
を除く。〕)と第12類(陸上の乗物用の動力機械〔その部品を除く。〕)
である。(乙3,4)
エ被告平塚金属は,平成26年頃,「ART」刻印の金型について,「A
RT」の横に「H」の刻印を追加し,「HART」刻印の金型に順次切り
替えた。被告平塚金属は,同年6月から被告標章3を付した被告製品の製
造を開始し,同年12月には原告各商標を付した製品の製造を終了した。
(乙31,38)
2争点(1)(原告各商標と被告標章3の類否)について
(1) 商標の類否の判断方法
商標の類否は,対比される商標が同一又は類似の商品又は役務に使用され
た場合に,その商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,使用された商標がその外観,観
念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に
考察すべく,しかも,その商品又は役務に係る取引の実情を明らかにし得る
限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁判
所昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁,最高裁判所平成9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参
照)。
(2) 原告各商標と被告標章3の対比
ア原告各商標
原告各商標の外観は「ART」又は「“ART”」であり,称呼は「アート」である。「ART」は,日本国内の需要者にとって容易に意味が理
21 解できる英単語であるから,原告各標章は,英単語のARTが有する意味
である「芸術」といった観念が生じるものと認められる。
イ被告標章3
被告標章3の外観は「HART」であり,称呼は「ハート」である。「H
ART」は,「雄鹿」の意味を有する英単語であるが,日本国内の需要者にとって容易に意味が理解できるということはできず,特定の観念を生じ
させるものと認めることはできない。
ウ取引の実情
証拠(甲3,4,甲14の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,原
告各商標及び被告標章3は,自動車のメンテナンス製品である内燃機関用ピストンの本体に浮出し刻印され,また,同ピストンが平均4個収められ
た中箱の側面に赤色で表示され,さらに,中箱に貼付されたホログラムシ
ールにも赤色で表示されているものと認められる。また,上記各証拠によ
れば,原告の使用する中箱と被告平塚の使用する中箱は,いずれも白地で,
原告各商標又は被告標章3の表示の下には,青色の枠内にモデル名とパーツ番号が黒字で記載されており,同枠の下には青字で原告会社又は被告平
塚金属の会社名が英語で記載されていることが認められる。また,証拠(甲
14の1ないし3)によれば,被告らの取引先は,中箱に入れた状態で被
告製品を在庫として保管していることが認められる。
エ類否判断上記ア及びイのとおり,原告各商標と被告標章3とは,その外観が,前
者の文字数が3文字の「ART」であるのに対し,後者の文字数が4文字
の「HART」である点で異なる。両者は,後半3文字を共通にするもの
の,文字数が少ない英単語において語頭の文字が相違することは外観上の
相違を看者に印象付けるものというべきである。
また,観念については,原告各商標が「芸術」の観念が生じるのに対し,
22 被告標章3から特定の観念が生じない点で異なり,称呼も,原告各商標が
「アート」であるのに対し,被告標章3は「ハート」である点で異なって
いる。このように,原告各商標と被告標章3は,観念及び称呼においても,
相当程度異なる。
これに加えて,上記ウのとおり,需要者との取引時に使用される中箱の側面には,原告各商標又は被告標章3が,同じ赤色で表示されているもの
の,同一面に,原告の会社名又は被告平塚金属の会社名がそれぞれ表示さ
れていて,会社名により製品の製造者が明らかにされていることに照らす
と,自動車の内燃機関用ピストンを購入する需要者が,原告各商標と被告
標章3の出所について誤認混同するおそれがあるということはできない。
したがって,原告各商標と被告標章3は類似しない。
(3) 原告の主張に対する判断
ア原告は,被告標章3について,「エイチアート」の称呼を生じ,「H社
のアート」の観念を生じると主張する。
しかし,被告平塚金属が,「H」と「ART」の色やフォントを変えることもなく「HART」全体を一つの単語として用いていることに照らす
と,被告標章3について,「H」と「ART」を区別した称呼や観念が生
じると認めることはできない。
イまた,原告は,被告平塚金属が「HARTFROMHIRATSU
KA “ART”」というポスター等を作成し,キャンペーンを行ったことなどを指摘し,こうした取引の実情を踏まえると,原告各商標と被告標
章3は類似すると主張する。
しかし,上記アのとおり,被告平塚金属は,被告標章3について,「H」
と「ART」を区別することなく,「HART」という一単語のものとし
て使用しており,「ART」が独立して需要者に印象を与えるような態様で使用しているものではない。
23 また,証拠(甲5の1ないし3,乙37)によれば,確かに,被告平塚
金属が,取引先に対し,被告標章3の使用を開始するに当たり,「もう一
方のARTブランドと区別する為に平塚ARTはHIRATSUKAの
「H」をARTの前に付け『HART』をブランドロゴとし表示を変更さ
せていただきます。」と記載した「ブランドロゴ変更のお知らせ」と題する文書(乙37)により通知したことや,同旨のポスター等(甲5の1な
いし3)を作成したとの事実が認められる。
しかし,前記認定のとおり,被告平塚が箱に「“ART”HIRATS
UKAMETALMFG.CO.LTD.」と表示して取引者にピ
ストン等を販売していたことを踏まえると,これらの通知やポスター等の記載の趣旨は,取引者に対し,「HART」表示への変更は,上記表示の
下で販売していた製品の内容や品質等の変更を伴うものではないことを示
唆しつつ,新たなブランドロゴである「HART」は,原告ではなく,被
告平塚金属の製品の表示であることを告知するものであるということがで
きる。
そうすると,これらの通知,ポスター等に接した需要者,取引者は,「H
ART」が付された製品は被告平塚金属の製品であると認識するのが自然
であり,原告の製造する「ART」が付された製品と同一の出所のもので
あると誤認混同することはないというべきである。
したがって,取引の実情を踏まえても,需要者,取引者が,原告各商標が付された製品と被告標章3が付された製品の出所を誤認混同すると認め
ることはできないから,原告各商標と被告標章3とが類似するとはいえな
い。
3争点(2)(原告各商標の使用許諾契約の成否及びその解約の有効性)について
(1) 本件使用許諾契約の成否前記第2,2の前提事実並びに前記1の各認定事実によれば,被告平塚金
24 属は,原告の関連会社として設立され,その設立当初から,原告各商標を付
した自動車の内燃機関用ピストン等を製造・販売し,昭和48年10月
日には,原告により原告各商標の使用態様が規定されたとの事実が認められ
る。これによれば,遅くとも同日までには,原告と被告平塚金属との間に,
原告各商標について無償の使用許諾契約(本件使用許諾契約)が成立していたものと認められる(なお,原告商標1の登録日は昭和36年8月15日,
原告商標2の登録日は昭和56年11月27日であるが,登録の先後を通じ
て単に原告商標1又は2と呼ぶものとする。)。
これに対し,原告は,Aが,取締役会の承諾なしに,原告と被告平塚金属
の双方を代表して本件使用許諾契約を締結したと主張するが,同契約を締結するために必要な会社法等法律上の手続は取られていたと推認するのが相当
であり,これを覆すに足りる証拠はない。
(2) 本件使用許諾契約の解約の有効性
ア本件使用許諾契約の締結に当たり,原告と被告平塚金属との間で存続期
間や解約事由について明示的な合意がされたことを示す証拠はないところ,原告は,本件使用許諾契約は,期限の定めなく,他人の権利を無償で
使用することを内容とするものであるから,使用貸借に関する規定を類推
適用して,原告は,被告平塚金属に対し,いつでも原告各商標の使用権の
返還を求めることができると解すべきであると主張する。
しかし,本件使用許諾契約は,原告とその関連会社である被告平塚金属との間で合意されたものであり,原告各商標を付して製造する製品も共通
することから,両者が同一市場において信頼関係に基づき長期にわたり継
続的に取引や事業をすることが前提となっていたものと考えられる。また,
商標が顧客吸引力を獲得するためには相応の期間を要することから,原告
による自由な解約を認めると被許諾者である被告平塚金属の期待や利益を害する程度が大きい一方,被告平塚が市場において原告各商標を付した
25 製品を販売することは,原告各商標の顧客吸引力やその知名度の向上につ
ながるなど,原告にとっても利益のあるものということができる。
上記の本件使用許諾契約の締結の経緯,内容,性質等を考慮すると,本
件使用許諾契約は無償ではあるものの,原告が被告平塚金属の同意なく同
契約を一方的に解約するには,原告と同被告との間の信頼関係が取引関係を継続することができない程度に損なわれ,その修復が困難であることや,
同被告が原告各商標のブランドイメージを損なうような背信行為を行っ
たことなど,その解約を正当とする理由が必要であると解すべきである。
なお,本件使用許諾契約には終了事由の定めはないので,上記の理由が
存在する場合に同契約が当然に終了したと解するのは相当ではなく,本件使用許諾契約が終了するには解約の意思表示を要するというべきである。
イこれに対し,原告は,仮に本件使用許諾契約の解約について正当な理由
が必要であるとしても,同契約の許諾期間は被告平塚金属がアートグルー
プの一員である期間に限られ,かつ,原告の管理下において原告各商標を
使用する限りで許諾されるという制限の付されたものであると解すべきであり,被告平塚金属が平成6年7月に原告からの独立を選択した以上,
原告が同契約を解約することについて正当な理由があると主張する。
しかし,本件使用許諾契約の際に,被告平塚金属が原告の管理下で原告
各商標を使用する限りで使用が許諾される旨の制限が存在したり,その使
用期間が,同被告が「アートグループ」の一員である期間に限られる旨の黙示の合意があったことをうかがわせる証拠はない。むしろ,前記認定の
とおり,被告平塚金属が設立以降,自社の顧客を開拓し,自社製品を製造・
販売していたことに照らすと,原告と被告平塚金属は,本件使用許諾契約
に際し,同被告が一定の独立性を保持することを認めつつ,相互の協力関
係を可能な限り永続的に維持し,社会・経済状況の変化に対応しつつ,取引を継続することを想定していたというべきである。
26 これによれば,本件使用許諾契約を一方当事者から解約するには,両者
間の信頼関係が取引関係を継続することができない程度に損なわれ,その
修復が困難であることなどの事情が存在することを要すると解すべきであ
ウ以上を前提として,平成6年7月4日付け書面(甲12)又は同年9月14日付け書面(甲2の1)による原告からの本件使用許諾契約の解約に
ついて,解約を正当とする理由があるかどうかについて検討する。
この点について,原告は,被告平塚金属は独立後に原告各商標の使用が
できないことを承知の上で独立を選択したものであり,平成6年7月4日
の原告と被告平塚金属との打合せの席上,同被告側の出席者から,「ロイヤリティーを支払う用意もある。」との発言がされたのであるから,同被
告が原告各商標を無償で使用する権限がないことを認識していたと主張
する。
しかし,原告が,平成23年度まで,被告平塚金属に対し,自動車の内
燃機関用ピストンの製造を委託していたことについては,当事者間に争いなく,平成6年当時,原告と同被告との間で取引が継続していたことは明
らかである。そうすると,平成6年の時点で両者の信頼関係が取引関係を
継続することができない程度に損なわれ,その修復が困難であることなど
の事情が存在したと認めることはできない。
また,前記認定のとおり,原告と被告平塚金属は,平成6年以降も協議を継続しており,
①平成6年7月4日の被告平塚金属側の「ロイヤリティ
ー」に関する発言も,アートブランドの使用制限などが記載された書面の
内容は承諾できないとした上で,状況によっては,ロイヤリティーを支払
う用意もあるとの発言があったにすぎず,
② 平成11年10月25日の打
合せにおいては,両者がマルS事業を協力して行うことについて協議され,
その際,原告から被告平塚金属が原告の協力会社としてやっていけないか
27 という打診がされ,
③平成13年3月の打合せの際には,原告と被告平塚
金属が平成3年当時の関係に復帰し,「マルS市場で統一したARTマー
ク品の販売網で価格の安定化を図る」方向での協議が行われたことが認め
られる。これらの打合せは,原告と被告平塚金属との関係を修復し,取引
関係を継続することを志向するものであり,原告が,少なくともマルS市場において被告平塚金属が原告各商標を使用することを黙認していたこ
とを示唆するものということができる。
さらに,前記認定のとおり,原告は,被告平塚金属が,平成17年1月
に包装材の表示を「“ART” HIRATSUKAMETALMFG.
CO.LTD.」に変更した後に,同表示について異議を述べておらず,
その後,平成25年10月22日に警告するまで,被告平塚金属による原
告各商標の使用について異議を述べたことがなかったと認められる。こう
した事実も,被告平塚金属が原告各商標を使用することを黙認し,両者間
の取引を継続させる意思を有していたことを推認させる事実であるとい
うことができる。
以上を総合すると,平成6年の時点においては,原告と被告平塚金属と
の間では取引が継続し,その協力関係についても一定程度維持され,関係
の修復が不可能なほど損なわれていたとは認めることはできないのであ
るから,平成6年7月4日付け書面及び同年9月14日付け書面による原
告からの本件使用許諾契約の解約について,解約を正当とする理由があると認めることはできない。なお,前記認定のとおり,原告は,平成7年9
月30日及び平成9年7月24日にも,被告平塚金属に対し,原告各商標
の使用について警告をしたとの事実が認められるが,仮に,これらの警告
を本件使用許諾契約の解約の意思表示と解したとしても,上記と同様の理
由から,同契約の解約を正当とする理由があると認めることはできない。
エ次に,原告の被告平塚金属に対する本件警告書(平成25年10月22
28 日到着)による本件使用許諾契約の解約について正当な理由があるかどう
かどうかについて検討する。
この点について,被告らは,本件使用許諾契約の解約の有効性について
争うが,
①前記のとおり,原告と被告平塚金属との間の取引は平成23年
度で終了し,それ以降,原告と被告平塚金属との間で取引の再開や関係回復に向けた協議が行われたと認めるに足りる証拠はないこと,
②原告は,
本件警告書において,原告各商標を明示した上で,その使用中止等を要求
し,求められた措置を講じなかった場合には,法的手続を執ると通知して
いること,
③原告は,平成26年9月12日,被告平塚金属を相手方とし
て,被告各標章の使用の差止等及び原告各商標の使用料相当額の不当利得返還を求めて,調停を申し立てたことの各事実が認められる。
これらの事実によれば,平成25年10月22日の時点においては,原
告と被告平塚金属との間の信頼関係は取引関係を継続することができない
程度に損なわれ,その修復が困難である状態にあったと認めるのが相当で
ある。そうすると,本件警告書による本件使用許諾契約の解約については,
正当な理由があるというべきであり,同契約は,同日をもって,解約され
たと認められる。
4争点(3)(原告の請求は権利濫用に当たるか)について
被告らは,原告による本件請求は権利濫用に当たると主張する。しかし,前
記3で説示したとおり,本件使用許諾契約は平成25年10月22日をもって終了したと認められるところ,同日以降に原告各商標を付して被告が製品を販
売等したことについて,原告が原告各商標に基づいて損害賠償等を請求するこ
とが権利濫用に当たるということはできない。
したがって,被告らの上記主張は理由がない。
5争点(4)(不当利得の発生及びその額)について
(1) 売上額
29 ア本件使用許諾契約は,上記3で判示したとおり,平成25年10月22
日をもって終了したと認められるので,同月23日以降は,被告平塚金属
による原告各商標を付した被告製品の販売等は,原告各商標権を侵害する
こととなる。
そして,被告平塚金属の,同日から平成26年12月までの間における原告各商標を付した被告製品の売上額が少なくとも7億1893万14
21円であることについては,当事者間に争いがない。
イ被告標章3を付した被告製品に関し,被告平塚金属は,平成26年9月
から同年12月までの間の同製品の売上額は,1億6461万6904円,
売上個数は14万4253個であると主張するところ,原告は,同被告の主張は裏付けに乏しく,同額の8割は原告各商標が使用された製品である
と主張する。
そこで検討するに,被告平塚金属は,「ART」を付した被告製品の販
売数及び売上高を記載した売上一覧表(乙32)並びに「HART」を付
した被告製品の販売数及び売上高を記載した売上一覧表(乙34)を証拠として提出し,上記各売上一覧表の裏付け資料として「平成25年(
13年)10月23日以降出荷明細」(乙35。以下「出荷明細」という。)
を提出した。そして,被告平塚金属は,「ART」を付した被告製品と「H
ART」を付した被告製品について,同一の製品番号を用いて管理してい
るため,帳簿上,「HART」を付した製品と「ART」を付した製品とを区別して販売数を集計することができないとして,生産計画表(乙39
ないし45)から「HART」を付した被告製品の製造時期を確認し,そ
の1週間以降の出荷について「HART」を付した被告製品の出荷である
と推測して,その販売数を特定したと説明する(乙38)。
この説明については,出荷明細の「品目番号」「品目名」の欄が黒塗りされていてその内容を判別することができず,また,生産計画表上の「H
30 ART」を付した製品の製造日が平成26年6月以降であるのに対し,出
荷明細上の同製品の出荷日は同年9月以降であるから,出荷明細と生産計
画表の記載とを照合することにより,その正確性を確認することは困難で
ある。
他方で,被告平塚金属の帳簿上「HART」を付した製品と「ART」
を付した製品とを区別して販売数を集計することができないことを前提
とすると,生産計画表に記載された計画生産数から出荷数を推計するとい
う方法自体は,不合理ということはできない。また,生産計画表に記載さ
れた「HART」を付した製品の生産計画数は,被告平塚金属が平成26
年9月から同年12月までの間に販売したと主張する数量よりも相当程度多いと認められ,生産計画表の記載に照らして,同被告の主張する同製
品の販売数が過大であるとは認められない。
ウさらに,証拠(乙48)によれば,被告平塚金属は,平成26年9月に
8580個,同年10月に9170個,同年11月に1万6160個,同
年12月に1万0100個の被告標章3(HART)が記載された中箱(合計4万4010個)の納入を受けていることが認められる。これに対して,
被告平塚金属が主張する「HART」を付した製品の販売個数は,平成2
6年9月が2万0704個,同年10月が6584個,同年11月が5万
2096個,同年12月が6万4869個である(乙34)。中箱には平
均4個の被告製品が収納されるものであることについては当事者間に争いがないところ,上記中箱の納入数と販売個数を対比すると,被告平塚金
属の主張する販売個数を収納するに足りる数の中箱は納入されたものと
認めるのが相当である。
これに対し,原告は,生産計画表に記載された「HART」を付した製
品の数に比べて,中箱の納入数が少ないと指摘するが,生産計画表に記載された計画生産数と各月の出荷数は必ずしも対応すると限らず,また,「H
31 ART」を付した製品を,異なる標章表示のされた中箱に納入して取引先
に納品するとは通常考えられない。
そうすると,被告平塚金属が,在庫として残っているART製品の中箱
に,被告標章3を付した製品を入れて出荷したと認めることはできない。
エ以上を総合すると,被告平塚金属における平成25年10月23日から平成26年12月までの間の,原告各商標を使用した被告製品の売上額は,
7億1893万1421円と認めるのが相当であり,これを覆すに足りる
証拠はない。
(2) 使用料率
原告は,「ART」の著名性及び顧客吸引力からすると,全体の平均値の2倍以上の6%を下らないと主張し,被告らは,第7類の平均値よりも
低い1%であると主張する。
証拠(乙33の資料3)によれば,商標権の売上額に対する使用料率に
関する実態調査によると,全分類の平均が2.6%であり,そのうち第7
類(加工機械,原動機〔陸上の乗物用のものを除く。〕その他の機械)における平均が1.8%,最大値が9.5%,最小値が0.5%であったと
認められる。
上記の実態調査の結果によると,第7類(加工機械,原動機〔陸上の乗
物用のものを除く。〕その他の機械)における平均は1.8%であるが,
原告各商標は原告及び被告平塚金属が長年にわたり使用してきたものであり,国内では大手の自動車メーカー等にも製品を納入し,海外において
も,需要者,取引者の間で原告の製品を示すものとして,相当程度の自他
識別力,顧客吸引力を獲得するに至っていると考えられることを考慮する
と,原告各商標の使用料は売上高の3%と認めるのが相当である。
(3) 不当利得額の計算7億1893万1421円 ×3%=2156万7943円(1円未満四
32 捨五入)
6結論
以上によれば,原告の請求は,被告らに対し,被告標章1及び2を付した被
告製品の販売等の差止及び被告標章1及び2を付した包装,パンフレット等の
廃棄を求め,被告平塚金属に対し,被告標章1及び2を付した被告製品の製造のための金型の廃棄を求め,併せて使用料相当額の不当利得金として2156
万7943円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成27年10月2
9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理
由があるから,これらの限度で認容し,その余の請求にはいずれも理由がない
からこれらを棄却することとし,主文第4項及び第5項については仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長
裁判官佐藤達文
裁判官
遠山敦士
裁判官
33 勝又来未子
34 (別紙)
商標権目録
登録番号 第578770号
出願日昭和27年(1952年)8月30日登録日昭和36年(1961年)8月15日
商標
商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務
第7類
関(エアクッション艇用のものを除く。)
第12類
荷車,馬車,人力車,自動車並びにその部品及び附属品,自動車の発動機(その部品を除く。),自動車のベアリング,自動車の緩衝器,自動車の制動機,
航空機並びにその部品及び附属品,鉄道車両並びにその部品及び附属品,鉄道
車両の原動機(その部品を除く。),航空機の車輪,鉄道車両の車輪,自動車
の車輪,人力車・手押し車・荷車・馬車・リヤカーの車輪,航空機のタイヤ,
自動車のタイヤ,人力車・手押し車・荷車・馬車・リヤカーのタイヤ,船舶並
35 びにその部品及び附属品(「エアクッション艇」を除く。)
登録番号 第1488595号の1
出願日昭和46年(1971)1月19日登録日昭和56年(1981)11月27日
商標
商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務
第7類
具,食料加工用又は飲料加工用の機械器具,製材用・木工用又は合板用の機械
器具,パルプ製造用・製紙用又は紙工用の機械器具,包装用機械器具,プラス
チック加工機械器具,半導体製造装置,ゴム製品製造機械器具,石材加工機械
器具,動力機械器具(陸上の乗物用のものを除く。),陸上の乗物用の動力機械の部品,風水力機械器具,農業用機械器具(蚕種製造用又は養蚕用の機械器
具を除く。),漁業用機械器具,ガラス器製造機械,靴製造機械,製革機械,
たばこ製造機械,機械式の接着テープディスペンサー,自動スタンプ打ち器,
機械式駐車装置,芝刈機,業務用食器洗浄機,業務用電気式ワックス磨き機,
業務用電気掃除機,電動式カーテン引き装置,陶工用ろくろ,塗装機械器具,
36 乗物用洗浄機,廃棄物圧縮装置,廃棄物破砕装置,軸・軸受・軸継ぎ手・ベア
リング(機械要素)(陸上の乗物用のものを除く。),動力伝導装置(機械要
素)(陸上の乗物用のものを除く。),制動装置(機械要素)(陸上の乗物用
のものを除く。),バルブ(機械要素)(陸上の乗物用のものを除く。)
第11類
器,業務用煮炊釜,業務用焼物器,業務用レンジ,冷凍機械器具,飼料乾燥装
置,牛乳殺菌機,乾燥装置,換熱器,蒸煮装置,蒸発装置,蒸留装置,熱交換
器,暖冷房装置,美容院用又は理髪店用の機械器具(いすを除く。),太陽熱
利用温水器,浄水装置,水道用栓,タンク用水位制御弁,パイプライン用栓,
汚水浄化槽,し尿処理槽,業務用ごみ焼却炉
第12類
荷役用索道,カーダンパー,カープッシャー,カープラー,牽引車,陸上の乗
物用の動力機械(その部品を除く。),陸上の乗物用の機械要素(緩衝器,ばねを除く。),乗物用盗難警報器,落下傘
37 (別紙)
被告標章目録
1ART
2 “ART”
3HART
出典: 平成27年(ワ)第28491号 裁判所ウェブサイト掲載の判決文 →