📜 判決文全文
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主文
1被告は、原告に対し、755万6659円及びこれに対する令和5年8月1
7日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
2被告は、医業及び医療情報の提供に当たり、ウェブサイト、チラシ、掲示物
及び看板等の広告に別紙被告標章目録記載の各標章を使用してはならない。
3被告は、前項の各標章が付されたチラシ、掲示物及び看板等を廃棄せよ。
4被告は、別紙被告ウェブサイト目録記載の各ウェブサイトから、第2項の各
標章を削除せよ。
5原告のその余の請求をいずれも棄却する。
6訴訟費用は、これを8分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
7この判決は、第1項、第2項及び第4項に限り、仮に執行することができる。
第1 請求
1被告は、原告に対し、2200万円及びこれに対する令和5年4月9日から
支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
2主文第2項ないし第4項と同旨
3被告は、別紙謝罪広告目録記載1の内容の謝罪広告を、同記載2の要領で掲載せよ。
第2 事案の概要
1事案の要旨本件は、別紙商標権目録記載の商標権(以下「原告商標権」といい、同商標権に係る登録商標を「原告商標」という。)を有する原告が、原告と被告との間で、インターネット上のコンテンツ、看板等から原告商標と同一又は類似する標章の一切を削除又は撤去し、同標章を今後使用しないとの合意(以下「本件合意」という。)をしたにもかかわらず、被告は、医業及び医療情報の提供に当たり、ウェブサイト、チラシ、掲示物、看板等の広告に別紙被告標章目録記載の各標章(以下、項番に従って「被告標章1」などといい、これらを総称して「被告各標章」という。)を使用していると主張して、被告に対し、① 令和3年10月18日から令和5年8月17日までの間にされた商標権侵害の不法行為に基づく損害賠償として、損害金2200万円(商標法38条3項により算定される損害金2000万円、同条5項により算定される損害金5万円及び弁護士費用相当額600万円の合計2805万円の内金)並びにこれに対する訴状訂正申立書送達の日の翌日である同年4月9日から支払済みまで民法所定年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を、② 商標法36条1項及び2項又は本件合意に基づき、医業及び医療情報の提供に当たり、ウェブサイト、チラシ、掲示物及び看板等の広告及び別紙被告ウェブサイト目録記載の各ウェブサイト(以下「本件ウェブサイト」という。)における被告各標章の使用の差止め並びに当該広告に係るチラシ、掲示物及び看板等の廃棄(商標法36条1項及び2項に基づく請求と、本件合意に基づく請求とは、選択的併合)を、③ 被告が被告各標章を使用したことにより原告の業務上の信用が害され、これを回復する必要があるとして、商標法39条が準用する特許法106条に基づき、別紙謝罪広告目録記載2の要領による同記載1の内容の謝罪広告の掲載を、それぞれ求める事案である。なお、原告は、上記①の損害賠償請求に関し、商標法38条5項により算定される損害金を追加したり、弁護士費用相当額を増額したりしたにもかかわらず、当初の請求額を訂正しなかったため、請求の趣旨における請求額と請求原因として主張する損害額とは一致していない。
2前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の各証拠(以下、特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)(1) 当事者
ア原告は、性病専門の医療クリニックである「あおぞらクリニック」(以下「原告クリニック」という。)を運営する医療法人社団七海会(以下「七海会」という。)の理事長である。七海会は、平成25年に原告肩書地に原告クリニック新橋院を、平成29年に同新宿院をそれぞれ開設した(甲1)。
イ被告は、性病専門の医療クリニックである「にじいろクリニック新橋」(以下「被告クリニック」という。)を運営する医師であり、被告クリニックの院長である。被告クリニックは、原告クリニック新橋院から徒歩3分程度の場所に所在する。被告は、令和元年6月、原告クリニックに入職し、勤務医として稼働していた。しかし、被告は、令和3年1月、原告に対し、原告クリニックを退職する旨の意向を示して、同年6月、原告クリニックを退職し、同年7月、被告肩書地に被告クリニックを開院した(甲3、4)。
(2) 原告商標権原告は、令和3年5月21日、原告商標に係る商標登録出願(以下「本件出願」という。)をし、同年10月18日、原告商標権の設定登録を受けた。
(3) 被告各標章の使用被告は、遅くとも令和3年7月以降、本件ウェブサイト内のウェブページに被告標章1を、被告クリニックのチラシや掲示物に被告標章2を、被告クリニックの扉や屋外に設置された看板に被告標章3を、被告クリニックの受付に設けられた看板に被告標章4を、それぞれ付して使用している。
(4) 原告商標権に係る指定役務と被告各標章に係る役務の同一性被告が被告各標章を使用して提供する役務は、原告商標権に係る指定役務のうちの「医業」及び「医療情報の提供」と同一である。
(5) 本件合意に至る経緯
ア原告は、被告に対し、令和3年12月24日付けの警告書により、被告クリニックの名称変更等、原告商標と同一又は類似する標章が付された看板等の廃棄等及び原告商標と同一又は類似する標章を今後使用しないことの確約を求めた。これに対し、被告は、令和4年1月6日付けの通知書により、原告の上記求めには応じられない旨を回答した。
イその後、原告と被告は、交渉を続け、令和4年8月30日、原告と被告との間で、次の内容の本件合意がされた。
① 被告は、同年12月31日までに、被告クリニックの名称を原告商標と同一又は類似するもの以外へと変更し、原告商標と同一又は類似する標章が付されたインターネット上のコンテンツ、看板、ビラ、備品その他一切から当該標章を削除又は撤去すること② 被告は、今後、原告商標と同一又は類似する標章を使用しないこと
3争点(1) 原告商標と被告各標章が同一又は類似であるか(争点1)(2) 被告標章1及び2の商標法26条1項6号該当性(争点2)(3) 先使用権の抗弁の成否(争点3)(4) 無効の抗弁の成否(争点4)
ア商標法4条1項10号所定の無効理由の有無(争点4-1)
イ商標法4条1項19号所定の無効理由の有無(争点4-2)(5) 権利の濫用の抗弁の成否(争点5)(6) 損害の有無及びその額(争点6)(7) 商標法36条1項及び2項に基づく差止め及び廃棄の必要性(争点7)(8) 謝罪広告の必要性(争点8)
4争点に関する当事者の主張(1) 争点1(原告商標と被告各標章が同一又は類似であるか)について(原告の主張)
ア被告標章1被告標章1のうち、「新橋」の部分は被告クリニックが所在する場所を示すものにすぎず、出所表示機能はないから、被告標章1は「にじいろクリニック」と「新橋」の各部分に分離することができ、かつ、被告標章1の要部は「にじいろクリニック」の部分である。前記(ア)のとおり、原告商標と被告標章1 の要部とは同一であるから、原告商標と被告標章1とは実質的に同一であり、少なくとも類似している。
イ被告標章2原告商標と被告標章2は同一である。
ウ被告標章3被告標章3のうち、「N」を意匠化した図形は、「にじいろクリニック」の英語表記の頭文字を表しているにすぎないから、被告標章3は「N」を意匠化した図形部分と「にじいろクリニック」の文字列部分に分離でき、かつ、被告標章3の要部は「にじいろクリニック」の文字列部分である。原告商標と被告標章3の要部とを比較すると、以下の点を指摘することができる。a外観被告標章3の要部は2段に分かれているものの「にじいろクリニック」という一連一体の文字列であるから、同じ文字列である原告商標の外観と少なくとも類似している。b称呼原告商標も被告標章3の要部も「ニジイロクリニック」と読むから、両者の称呼は同一である。c観念虹色はLGBTのイメージカラーであり、多様性や共存のシンボルである。原告商標と被告標章3の要部からは、いずれも、セックス、ジェンダー及びセクシャリティに囚われることなく、LGBTを含む全ての人に対して医療サービスを提供するクリニックであるという観念が生じるから、両者から生じる観念は同一である。前記(イ)のとおり、原告商標と被告標章3の要部は、外観が類似しており、かつ、称呼と観念は同一であるから、全体として類似している。したがって、原告商標と被告標章3は類似している。
エ被告標章4前記ウにおいて主張したところと同様に、原告商標と被告標章4は類似している。
(被告の主張)
ア被告標章1及び2争う。
イ被告標章3被告標章3のうち、冒頭の意匠化した「N」は、デザインされた書体により強調されており、これ自体で「エヌ」との称呼を生じさせ得る。したがって、被告標章3の構成部分の一部である「にじいろクリニック」のみを抽出して類否を判断することは許されない。原告商標と被告標章3とを比較すると、以下の点を指摘することができる。a外観原告商標と被告標章3とを全体観察すれば、被告標章3は、冒頭の意匠化した「N」があることで、文字数やデザインなどの外観の点において、原告商標と明確に異なっている。b称呼被告クリニックは性病を専門とした医療機関であり、その性質上、患者から特に強い秘匿性を求められる。このような実情を踏まえると、被告標章3は、意匠化した「N」があることにより、「エヌクリニック」や単に「エヌ」と呼称されることも想定されている。c観念虹色がLGBTのイメージカラーであり、多様性や共存のシンボルであることは認める。しかし、前記bの実情を踏まえると、被告標章3からは、患者のプライバシーがより強く守られる医療機関であるという観念が生じる。前記(イ)のとおり、原告商標と被告標章3とは、その外観、称呼及び観念のいずれの点においても異なるものであるから、役務の出所の誤認混同のおそれはなく、両者は類似していない。
ウ被告標章4被告標章4は、被告標章3と比較すると、デザインされた書体による「N」のポイントがより大きく表記され、強調されている。そのため、被告標章3よりも原告商標との外観の差異が強調されている。称呼及び観念については、被告標章3に関して指摘したところが被告標章4にも妥当する。したがって、原告商標と被告標章4とは、その外観、称呼及び観念のいずれの点においても異なるものであるから、役務の出所の誤認混同のおそれはなく、両者は類似していない。
(2) 争点2(被告標章1及び2の商標法26条1項6号該当性)について(被告の主張)
ア被告標章1本件ウェブサイトのヘッダー部分に用いられている被告標章1については、その上部に表示されている意匠化した「N」と合わせたひとまとまりの標章であるところ、「N」のマークから出所識別標識としての称呼及び観念が生じ得るから、「N」のマークを含めて判断すべきである。そのため、原告商標と当該標章とは、その外観、称呼及び観念のいずれの点においても異なるものであるから、取引者及び需要者において役務の出所を誤認混同するおそれはない。また、本件ウェブサイトのヘッダー以外の部分に用いられている被告標章1は、「TheNにじいろクリニック新橋」の略称として用いられているものである。それゆえ、被告標章1に「TheN」の部分と「新橋」の部分とをいずれも付け加えることによって、初めて識別力を有するものであるから、同じウェブサイトのヘッダー以外の部分に被告標章1を使用しても、やはり、役務の出所の誤認混同のおそれをもたらすものではない。したがって、被告は、被告標章1を商標として使用するものではないから、商標法26条1項6号により、原告商標権の効力は及ばない。
イ被告標章2被告標章2も、「TheNにじいろクリニック新橋」の略称として用いられているものであるから、前記アと同様に、被告標章2を使用しても役務の出所の誤認混同のおそれはない。したがって、被告は、被告標章2を商標として使用するものではないから、商標法26条1項6号により、原告商標権の効力は及ばない。
(原告の主張)否認ないし争う。
(3) 争点3(先使用権の抗弁の成否)について(被告の主張)
ア被告は、遅くとも原告が本件出願をする前の令和2年12月22日から、自己のウェブサイトにおいて、「TheNにじいろクリニック新橋」を開院予定である旨を掲載して、医業ないし医療情報の提供について、原告商標と類似する「TheNにじいろクリニック新橋」との商標を使用していた。
イ原告は、当時、原告クリニック新橋院及び新宿院のいずれについても「あおぞらクリニック」と称しており、「にじいろクリニック」の名称を用いていなかったし、原告クリニックのウェブサイトに「にじいろクリニック外来」を設立した旨を掲載したのは、令和4年1月頃になってからである。すなわち、被告が被告各標章を使用し始めた令和2年12月22日の時点において、「にじいろクリニック」の名称は、どこにも用いられていなかった。したがって、被告は、不正競争の目的でなく、「TheNにじいろクリニック新橋」との商標を使用している。
ウ被告は、インターネットを通じて「TheNにじいろクリニック新橋」との商標を世界中の誰もが閲覧可能な状態においていたから、原告が本件出願をした令和3年5月21日には、「TheNにじいろクリニック新橋」との商標が、被告による性病に関する医業や医療情報の提供などの役務を表示するものとして、需要者の間に広く認識されるに至っていたといえる。
エそして、被告は、現在まで継続して、当該役務について「にじいろクリニック」との商標を使用している。
オ以上によれば、被告は、商標法32条1項所定の先使用権に基づいて、「にじいろクリニック」の商標を使用する権利を有する。
(原告の主張)否認ないし争う。
(4) 争点4-1(商標法4条1項10号所定の無効理由の有無)について(被告の主張)被告は、「TheNにじいろクリニック新橋」との名称により被告クリニックを開設し、自己のウェブサイトにおいて、当該名称を公表して営業活動を行っていたところ、原告は本件出願をした。そして、前記(3)(被告の主張)のとおり、「TheNにじいろクリニック新橋」との商標は、被告による性病に関する医業や医療情報の提供などの役務を表示するものとして、需要者の間に広く認識されるに至っていた。したがって、原告商標には、商標法4条1項10号所定の無効理由がある。
(原告の主張)否認ないし争う。
(5) 争点4-2(商標法4条1項19号所定の無効理由の有無)について(被告の主張)
ア被告は、遅くとも原告が本件出願をする前の令和2年12月22日には、「TheNにじいろクリニック新橋」との名称のクリニックの開院に向け、ウェブサイトを作成、公開するなどして、その準備を進めていた。そして、被告は、令和3年1月29日、原告に対し、七海会を同年6月25日に退職する意向を伝え、新たにクリニックを開院する予定を伝えていた。しかし、原告は、被告の退職や被告による新たなクリニックの開設が目前に迫っていることを認識しながら、同年5月21日、本件出願をした上、被告に対し、同年6月2日付けの警告書を送付した。被告は、原告に事前に伝えていたとおり、同月25日に七海会を退職し、同年7月6日、被告クリニックを開設した。上記の経緯に加え、原告クリニック新橋院及び新宿院のいずれも、「あおぞらクリニック」と称しており、「にじいろクリニック」と称したことがないことからすると、原告による本件出願の主たる理由が被告クリニックの営業を妨害する不当な目的にあることは明らかである。
イそして、前記(3)(被告の主張)のとおり、「TheNにじいろクリニック新橋」との名称は、本件出願当時、被告による性病に関する医業や医療情報の提供などの役務を表示するものとして、需要者の間に広く認識されるに至っていた。
ウしたがって、原告商標には、商標法4条1項19号所定の無効理由がある。
(原告の主張)否認ないし争う。
(6) 争点5(権利の濫用の抗弁の成否)について(被告の主張)前記(5)(被告の主張)アのとおり、原告による本件出願の主たる理由が被告クリニックの営業を妨害する不当な目的にあることは明らかである。したがって、原告の請求はいずれも権利の濫用に当たる。
(原告の主張)否認ないし争う。
(7) 争点6(損害の有無及びその額)について(原告の主張)
ア商標法38条3項により算定される損害額被告クリニックの売上高被告クリニックの売上高は、月額1000万円を下らない。したがって、原告商標権が設定登録された令和3年10月18日から令和5年8月17日までの22か月の被告クリニックの売上高は2億2000万円を下らない。相当な使用料率a原告商標の相当な使用料率を算定するに当たり、以下の点を指摘することができる。
(a) 業界における使用料率の相場経済産業省によるロイヤリティ料率に関する調査研究報告書では、原告商標権に係る指定役務の区分である第44類についての使用料率は5.5パーセントとされている。同報告書は、平成22年時点のデータを参照しているため、商標権を含む知的財産権の重要性が人々に認識されるようになった今日においては、使用料率は当時より高く設定されるようになっているといえる。特に性病クリニック業界においては、イメージや安心感が顧客獲得の重要な要素となることを考慮すると、使用料率の相場は5.5パーセントよりも一層高いものである。(b) 原告商標自体の価値虹色は、LGBTのイメージカラーであり、多様性や共存のシンボルである。原告商標である「にじいろクリニック」という名称は、前時代的な価値観に囚われない、LGBTの患者に偏見のないクリニックであるとの観念を生じさせるから、特に性病クリニックにおいては、顧客獲得に大きく貢献する。また、原告商標は、天気、天候に関する平仮名4文字のクリニック名であるという点で、七海会が運営する「あおぞらクリニック」と共通しており、原告商標が有する「あおぞらクリニック」との経営母体の共通性を示唆する機能は、顧客獲得に貢献する。したがって、原告商標は、強い顧客吸引力を有し、商標自体としての価値が高いといえる。(c) 原告商標を用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様原告商標と同一又は類似する被告各標章は、外部の顧客に認識されやすい位置に掲げられる形で頻繁に利用されているから、被告の売上げへの貢献は大きいといえる。
(d) 商標権者と侵害者との競業関係や商標権者の営業方針原告及び被告は、いずれも性病クリニックを運営する医師であり、かつ、被告クリニックは原告クリニック新橋院から徒歩3分の場所に所在する。同一名称かつ同一分野のクリニックが至近な位置にあると、顧客は、両者の区別をすることができないから、一方が獲得した顧客が他方に流出する結果となる。このような原告と被告の競業関係に照らせば、被告に原告商標権を使用許諾すると、原告による原告商標の使用に大きな制限を受けるから、使用料率は自ずと高く設定されることとなる。また、原告は、原告が保有する商標権を他者に使用許諾するとの営業方針をとっていないから、原告が被告に対して例外的に原告商標権を使用許諾するとすれば、その使用料率は高くなる。その一方で、被告は、自ら誓約した本件合意書を反故にしてまで、原告商標と同一又は類似する被告各標章を使用して被告クリニックの運営を続けており、原告商標を使用する強い動機がある。bこのほか、商標権侵害により生じた損害を算定する際の使用料率を当初から誠実に使用料を支払っている場合と同じ水準にとどめる必要がないことや、被告が不誠実な対応を繰り返していることを考慮すると、相当な使用料率は10パーセントを優に超える。原告商標の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額以上によれば、商標法38条3項所定の原告商標の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額は、2200万円を下らない。損害不発生の抗弁について被告による被告各標章の使用行為によって、原告による原告商標の使用が制限されているから、少なくとも原告の完全な使用が害されたことによる損害は発生している。したがって、原告に損害の発生していないことが明らかとはいえない。
イ商標法38条5項により算定される損害額少なくとも、被告標章2は、原告商標と同一の商標である。また、前記(1)(原告の主張)の各事情を踏まえると、被告標章1、3及び4は、いずれも原告商標と社会通念上同一の商標であるといえる。商標登録出願のための弁理士費用、出願料及び登録料は、商標の取得及び維持に通常要する費用に当たり、その額は合計5万円を下らない。なお、商標法38条5項は、同条3項と重畳して適用することが可能である。
ウ弁護士費用相当額本件合意に要した弁護士費用原告は、被告による原告商標権の侵害行為をやめさせるため、令和3年12月24日に弁護士を通じて警告書を送付して以来、被告と交渉を続けた。原告は、被告が被告クリニックの名称を変更すると述べるなどしたため、それを信じて被告との間で本件合意をした。しかし、被告は、その後も、原告商標権の侵害を続けたため、本件合意のために原告が支出した費用は無駄となった。このように無駄となった費用は、弁護士費用だけでも300万円を下らない。本件訴訟に要した弁護士費用商標権侵害訴訟においては、商標法等の知的財産権紛争に関する専門的知見を有していなければ訴訟手続を進めることができないから、原告は弁護士に訴訟活動を委任するよりほかなかった。そのために要する弁護士費用は300万円を下らない。小括以上によれば、被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、合計600万円を下らない。
エ小括以上によれば、被告の不法行為によって原告が被った損害は、2805万円を下らない。
(被告の主張)
ア商標法38条3項により算定される損害額について損害不発生の抗弁a仮に、被告の行為が原告商標権を侵害するものであるとしても、以下のとおり、原告に損害は生じていない。b原告は、原告クリニックについて、「あおぞらクリニック新橋院」及び「あおぞらクリニック新宿院」と称しており、「にじいろクリニック」と称したことはない。また、原告は、原告クリニックのウェブサイト中の一部のページに「にじいろクリニック外来」と記載しているにとどまり、実際に患者を受け入れるに当たり「にじいろクリニック外来」とその他一般の外来とを区別していないから、原告クリニックの需要者は、「にじいろクリニック外来」とその他一般の外来とを区別することができない。さらに、原告クリニック新橋院においては、「にじいろクリニック外来」を実施した実績がほとんどないか、実施していたとしてもその期間は短く、「あおぞらクリニック」と区別される「にじいろクリニック外来」の知名度は存在しないに等しい。cこれらの事情を踏まえると、原告クリニックは、需要者から「あおぞらクリニック」として認識されており、かつ、少なくとも被告クリニック所在地付近においては、原告クリニックの「にじいろクリニック外来」の知名度は存在しないから、原告商標には業務上の信用が化体されておらず、顧客吸引力はない。したがって、被告が原告商標に類似する被告各標章を使用したとしても、原告商標を使用することが被告の売上げに全く寄与していないことは明らかであり、原告には得べかりし利益としての使用料相当額の損害も生じていない。被告クリニックの売上高について否認する。相当な使用料率について以下の各事情に照らせば、原告商標の相当な使用料率は3パーセントを超えない。
a業界における使用料率の相場原告が根拠とする資料において、第44類については、わずか1件の例に基づく使用料率しか掲載されていない。しかも、第44類は「医療、動物の治療、人又は動物に関する衛生及び美容並びに農業、園芸又は林業に係る役務」というものであり、上記の1件の例も「医療」に関するものかどうか明らかではない。これらの事情に照らせば、原告商標の使用料率を算定するにあたっては、全ての例の平均値である2.6パーセントを算定の基礎とするのが相当である。
b原告商標自体の価値原告が原告商標権の設定登録を受けたのは令和3年10月18日であり、それから極めて短期間しか経過していない。しかも、原告は、被告が「にじいろクリニック」という名称を付したクリニックを開院することを知って、本件出願をしたことからすると、原告商標に「蓄積された信用」は皆無である。また、「にじいろクリニック」は、全国的に使用されている名称であるから、この点からも原告商標に蓄積された信用は皆無といえる。原告商標の顧客吸引力についてみても、医療機関や診療所においては、医療機関等の名称ではなく所属する医師の氏名や経験が重要なのであるから、原告商標の顧客吸引力は極めて低いものといわざるを得ない。
c原告商標を用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様被告は、「にじいろクリニック」という文言を、商品や役務の名称としてではなく、単にクリニックの名称として使用しているところ、クリニックの名称がいかなるものであろうと、被告個人の医師としての役務の質が変わるものではないため、原告商標を用いたことによる売上げや利益への貢献は皆無である。
d商標権者と侵害者との競業関係や商標権者の営業方針原告クリニック新橋院と被告クリニックは、いずれも新橋駅を最寄駅としているものの、競業関係にはない。すなわち、新橋駅はターミナル駅であるため、原告クリニック新橋院及び被告クリニックに来院する患者のほとんどは、いずれもウェブサイトで集客されたり紹介されたりした者で、新橋駅周辺に住んでいる患者が来院するわけではない。また、原告の営業方針は、クリニックの名称として「あおぞらクリニック」を使用し続けるというものであって、「にじいろクリニック」に変更するとの営業方針を採用しているわけではないと推察される。
イ商標法38条5項により算定される損害額及び弁護士費用相当額について否認ないし争う。
(8) 争点7(商標法36条1項及び2項に基づく差止め及び廃棄の必要性)について(原告の主張)前記(1)ないし(5)の各(原告の主張)のとおり、被告が、被告各標章を本件ウェブサイトに掲載し、チラシ、掲示物及び看板等の広告に付す行為は、原告商標権を侵害するものである。被告は、本件合意により、被告クリニックの名称を令和4年末までに変更することを誓約したにもかかわらず、それを無視して被告各標章を使用し続けていることからすると、被告による原告商標権の侵害が継続又は再開するおそれが十分にある。したがって、商標法36条1項及び2項に基づき、医業及び医療情報の提供に当たっての、ウェブサイト、チラシ、掲示物及び看板等の広告及び本件ウェブサイトにおける被告各標章の使用の差止め並びに当該広告に係るチラシ、掲示物及び看板等の廃棄の必要がある。
(被告の主張)被告が原告との間で本件合意をしたとの事実を除き、否認ないし争う。
(9) 争点8(謝罪広告の必要性)について(原告の主張)被告が、原告クリニックから至近な場所に、原告クリニックと同じ性病を専門とする被告クリニックを開院し、かつ、原告に無断で原告商標を使用した結果、需要者において原告クリニックの「にじいろクリニック外来」と被告クリニックとが誤認混同される状況となっており、少なくともその点において、原告クリニックの業務上の信用が害されている。したがって、原告クリニックの業務上の信用を回復させるためには、被告による別紙謝罪広告目録記載2の要領による同記載1の内容の謝罪広告の掲載が必要である。
(被告の主張)否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1争点1(原告商標と被告各標章が同一又は類似であるか)について(1) 商標の類否の判断方法について商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に、商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品又は役務に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべく、しかも、その商品の取引の実情を明らかにし得るかぎり、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁、最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参照)。そして、複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合のほか、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には、その構成部分の一部を抽出し、当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁、最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁、最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・集民228号561頁参照)。
(2) 原告商標と被告各標章との対比
ア被告標章1(ア) 原告商標は、「にじいろクリニック」の標準文字から成るものである。
(イ) 被告標章1は、「にじいろクリニック新橋」の文字から成るものである。前提事実(3)及び証拠(甲4)によれば、被告標章1は、本件ウェブサイト内のウェブページのテキスト等において使用されていると認められるところ、ブラウザに表示されるウェブページのテキストの文字は、閲覧者が使用する端末の種類、オペレーティングシステム(OS)の種類及びバージョン、インストールされているフォント、ブラウザの設定等によって、書体や色が変化し得る。また、被告標章1が画像として表示されているものについても、被告は、デジタルデータである当該画像を変更して、被告標章1の書体や色を容易に変更できる。このような観点に照らせば、被告標章1の書体及び色の種類は、特定することができないものといえる。そして、被告標章1の後方の「新橋」の部分は、「新橋」という地名又は町名を指していることが容易に理解できるものであって、クリニックないし診療所が所在し、その役務が提供される場所を表すものにすぎないから、出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合に当たる。したがって、被告標章1について、「にじいろクリニック」の部分を要部として抽出し、原告商標と対比することができるというべきである。
(ウ) 原告商標と被告標章1の「にじいろクリニック」の部分とは、外観上、少なくとも類似するものと認められる。また、両者は、「ニジイロクリニック」との称呼や「虹の色をイメージした診療所」との観念を生じる点において共通するものと認められる。そして、原告クリニック及び被告クリニックは、いずれも性病専門の医療クリニックであり(前提事実(1))、その需要者には、他の疾病の患者等と同様に、注意力が高くない者も含まれているものと考えられる。以上の外観、観念、称呼等によって、取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すると、原告商標と被告標章1の要部は、「医業」及び「医療情報の提供」という同一の役務(前提事実(4))に使用された場合に、取引者、需要者において、その役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあると認められるから、原告商標と被告標章1は、類似するというべきである。
イ被告標章2(ア) 被告標章2は、「にじいろクリニック」の文字から成るものである。そして、前提事実(3)及び証拠(甲7)によれば、被告標章2は、被告クリニックの手書きのチラシや掲示物に使用されているものであって、被告がその時々に応じて書体や色を変えて表示していると認められるから、その書体及び色の種類は、特定することができないものといえる。
(イ) 原告商標と被告標章2とは、外観上少なくとも類似し、「ニジイロクリニック」との称呼や「虹の色をイメージした診療所」との観念を生じる点において共通するものと認められる。以上の外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すると、原告商標と被告標章2は、「医業」及び「医療情報の提供」という同一の役務(前提事実(4))に使用された場合に、需要者、取引者において、その役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあると認められるから、原告商標と被告標章2は、類似するというべきである。
ウ被告標章3(ア) 被告標章3は、その外観上、白地に、冒頭に「N」を意匠化した図形とそれに続く「にじいろ」の文字列とを配した上段部分と、「クリニック」の文字列を配した下段部分とから成ると認められる。そして、上段部分冒頭の「N」を意匠化した図形と、下段部分を含むそれ以外の文字列部分とは、図形様に意匠化されているか否か、欧文字か仮名文字かの違いや、その配置態様等によって、一見して明瞭に区分して認識されるものであるから、これらの二つの部分は、分離して観察することが取引上不自然と思われるほど不可分に結合しているものと認められない場合に当たる。また、「にじいろ」及び「クリニック」の各文字列部分は、各文字の大きさ及び書体並びに文字同士の間隔がほぼ同一であるから、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には該当しない。さらに、「にじいろ」及び「クリニック」の各文字列部分は、医業、医療情報の提供との役務との関係で、当該各部分のみでは出所識別機能が弱く、両者が結合することによって初めて出所識別機能を有することになるといえるから、商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合にも該当しない。そうすると、被告標章3の下段部分については、「にじいろクリニック」とのひとまとまりの文字列をもって、出所識別機能を有するものと認めるのが相当である。したがって、被告標章3について、「にじいろクリニック」の部分を要部として抽出し、原告商標と対比することができるというべきである。
(イ) 原告商標と被告標章3の要部である「にじいろクリニック」とは、外観上少なくとも類似し、「ニジイロクリニック」との称呼や「虹の色をイメージした診療所」との観念を生じる点において共通するものと認められる。以上の外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すると、原告商標と被告標章3の要部は、「医業」及び「医療情報の提供」という同一の役務(前提事実(4))に使用された場合に、需要者、取引者において、その役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあると認められるから、原告商標と被告標章3は、類似するというべきである。
エ被告標章4(ア) 被告標章4は、その外観上、青地に白抜きで、「N」を意匠化した図形を配した上段部分と「にじいろ」及び「クリニック」の各文字列を2行に配した下段部分とから成ると認められる。そして、上段部分と下段部分とは、図形様に意匠化されているか否か、欧文字か仮名文字かの違いや、その配置態様等によって、一見して明瞭に区分して認識されるものであるから、これらの二つの部分は、分離して観察することが取引上不自然と思われるほど不可分に結合しているものと認められない場合に当たる。また、被告標章3についての説示と同様に、「にじいろ」及び「クリニック」の各文字列部分は、各文字の大きさ及び書体並びに文字同士の間隔がほぼ同一であるから、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には該当しない。さらに、「にじいろ」及び「クリニック」の各文字列部分は、医業、医療情報の提供との役務との関係で、当該各部分のみでは出所識別機能が弱く、両者が結合することによってはじめて出所識別機能を有することになるといえるから、商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合にも該当しない。そうすると、被告標章4の下段部分については、「にじいろクリニック」とのひとまとまりの文字列をもって、出所識別機能を有するものと認めるのが相当である。したがって、被告標章4について、「にじいろクリニック」の部分を要部として抽出し、原告商標と対比することができるというべきである。
(イ) 原告商標と被告標章4の要部である「にじいろクリニック」とは、外観上少なくとも類似し、「ニジイロクリニック」との称呼や「虹の色をイメージした診療所」との観念を生じる点において共通するものと認められる。以上の外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すると、原告商標と被告標章4の要部は、「医業」及び「医療情報の提供」という同一の役務(前提事実(4))に使用された場合に、需要者、取引者において、その役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあると認められるから、原告商標と被告標章4は、類似するというべきである。
(3) 小括以上によれば、被告各標章は、いずれも原告商標と類似すると認められる。
2争点2(被告標章1及び2の商標法26条1項6号該当性)について被告は、商標法26条1項6号により本件ウェブサイトのヘッダー部分に用いられている被告標章1に原告商標権の効力が及ばない根拠について、当該標章は被告標章1とその上部に表示されている意匠化した「N」とを組み合わせたひとまとまりの標章であるところ、「N」のマークから出所識別標識としての称呼、観念が生じ得るため、原告商標と当該標章とは、その外観、称呼及び観念のいずれの点においても異なるものであるから、取引者及び需要者において役務の出所を誤認混同するおそれはない旨を主張する。しかし、本件全証拠によっても、意匠化した「N」の部分が出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものであるとは認められず、また、「にじいろクリニック」との文字列の上部に意匠化した欧文字を付加したからといって、当然に「にじいろクリニック」との部分が有する出所表示機能が失われることになるとはいえない。また、被告は、被告標章1及び2が、いずれも「TheNにじいろクリニック新橋」の略称として用いられているものであることも、商標法26条1項6号により原告商標権の効力が及ばない根拠として主張する。しかし、ある商標の略称として用いられているからといって、当然に出所表示機能がないとはいえない。このほかに、被告標章1及び2が、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていないものである根拠について、被告による具体的な主張立証はない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、被告の商標法26条1項6号の適用に係る主張は理由がないというべきである。
3争点3(先使用権の抗弁の成否)について被告は、令和2年12月22日から、自己のウェブサイトにおいて、「TheNにじいろクリニック新橋」を開院予定である旨を掲載し、当該商標を世界中の誰もが閲覧可能な状態においていたから、原告が本件出願をした令和3年5月21日の時点で、「TheNにじいろクリニック新橋」との商標が、被告による性病に関する医業や医療情報の提供などの役務を表示するものとして、需要者の間に広く認識されるに至っていたと主張する。しかし、被告が、「TheNにじいろクリニック新橋」との商標の使用を開始した時期が令和2年12月22日であることを認めるに足りる証拠はない。しかも、被告が「TheNにじいろクリニック新橋」との商標の使用を開始したとする日から、原告が本件出願をした令和3年5月21日まで、約半年間しかない上、被告が被告クリニックを開院したのは同年7月になってからであること(前提事実(1)イ)も考慮すると、原告が本件出願をした時点において、「TheNにじいろクリニック新橋」との商標が、被告による性病に関する医業や医療情報の提供などの役務を表示するものとして、需要者の間に広く認識されていたとは考え難く、そのような事実を認めるに足りる証拠もない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、被告の上記主張は理由がないというべきである。
4争点4-1(商標法4条1項10号所定の無効理由の有無)について前記3のとおり、原告が本件出願をした時点において、「TheNにじいろクリニック新橋」との商標が、被告による性病に関する医業や医療情報の提供などの役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたと認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告商標について、商標法4条1項10号所定の無効理由は認められないというべきである。
5争点4-2(商標法4条1項19号所定の無効理由の有無)について前記3のとおり、原告が本件出願をした時点において、「TheNにじいろクリニック新橋」との商標が、被告による性病に関する医業や医療情報の提供などの役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていると認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告商標について、商標法4条1項19号所定の無効理由は認められないというべきである。
6争点5(権利の濫用の抗弁の成否)について前提事実(1)及び(2)並びに証拠(乙1)によれば、①令和3年1月23日の時点で、被告肩書地において「にじいろクリニック新橋」と称する性病専門クリニックが同年春に開院予定である旨が記載されたウェブサイトが公開されていたこと、②被告は、同月、原告に対し、原告クリニックを退職する旨の意向を示し、同年6月、原告クリニックを退職して、同年7月、被告肩書地において被告クリニックを開院したこと、③原告は、同年5月21日、本件出願をし、同年10月18日、原告商標権の設定登録を受けたことが認められる。しかし、原告が、本件出願をした時点において、上記①のウェブサイトの存在を認識していたこと並びに被告が医業及び医療情報の提供に当たり被告各標章を使用する予定であることを認識していたことを認めるに足りる証拠はない。かえって、原告は、平成30年6月、「nijicl.com」、「nijicl.jp」及び「nijicl.net」とのドメイン名を取得したことが認められるところ(甲10)、これらのセカンドレベルドメインである「nijicl」は、いずれも「にじいろクリニック」の英文表記である「nijiiro clinic」の一部(最初の単語の冒頭4文字と、最後の単語の冒頭2文字)を取り出したものと考えられるから、この事実に照らすと、原告は、その頃から、「にじいろクリニック」との名称を自己又は七海会が運営するクリニック等において使用することを検討していたものと認めるのが相当である。このほか、我が国の商標法では、ある商標を先に使用していたか否かにかかわらず、先に出願した者に登録を認める先願主義が採用されていることも考慮すると、上記②及び③の事実のみをもって、原告の請求が権利の濫用に当たるということはできず、本件全証拠によっても、他に権利の濫用を基礎付ける事実を認めることはできない。したがって、権利の濫用の抗弁は理由がないというべきである。
7争点6(損害の有無及びその額)について(1) 商標法38条3項により算定される損害額
ア判断基準について商標法38条3項による損害の額は、原則として、商標権を侵害する役務の売上高を基準とし、そこに、使用に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。そして、使用に対し受けるべき料率は、①登録商標の実際の使用許諾契約における使用料率や、それが明らかでない場合には業界における使用料の相場等も考慮に入れつつ、②当該登録商標自体の価値、③当該登録商標を当該役務に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、④商標権者と侵害者との競業関係や商標権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきである。
イ被告クリニックの売上高証拠(乙6)によれば、令和3年10月から令和4年12月までの間の被告クリニックの医業収入に係る売上高は、別紙売上高一覧表記載のとおりと認められる。これに対し、令和5年1月から同年8月までの間の被告クリニックの医業収入に係る売上高を直接認めるに足りる証拠はない。もっとも、証拠(乙6)によれば、令和3年10月から令和4年12月までの間の被告クリニックの医業収入に係る売上高は、月を追うごとに徐々に増加する傾向にあるといえることを考慮すると、令和5年1月から同年8月までの間の被告クリニックの医業収入に係る売上高は、1か月当たり少なくとも764万7453円(令和3年10月から令和4年12月までの間の被告クリニックの医業収入に係る売上高の平均値)を下らないものと認めるのが相当である。以上によれば、令和3年10月18日から令和5年8月17日までの間の被告クリニックの医業収入に係る売上げは、別紙売上高認定額一覧表のとおり、合計1億7029万3981円と認められる。
ウ使用に対し受けるべき料率後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告商標の使用に対し受けるべき料率の算定に関連して、以下の指摘をすることができる。
(ア) 原告が原告商標権について第三者と使用許諾契約を締結したことを認めるに足りる証拠はない。そして、証拠(甲17)によれば、我が国における「ロイヤルティ料率」についてのアンケート調査の結果、①原告商標権の指定役務である
第44類に係る登録商標の使用料率は5.5パーセント(1件)であったこと、②他の指定商品及び指定役務を含む全体の使用料率の平均値は2.6パーセント(205件)であったことが認められる。もっとも、当該第44類に係る登録商標の外観、称呼、観念、指定役務等が具体的にどのようなものであるのかを認めるに足りる証拠はなく、
第44類に係る登録商標であれば、当然に他の指定商品及び指定役務を含む全体の平均値の2倍を超える使用料率が相当であることを認めるに足りる証拠もない。
(イ) 原告商標は、標準文字商標であって、特に意匠性の高いものとはいえない。また、需要者の間における原告商標の具体的な周知度や知名度を認めるに足りる証拠はない。もっとも、虹色は、LGBTのイメージカラーとされているから(当事者間に争いがない。)、LGBTの患者を対象とするクリニックにおいて原告商標を使用することは、患者獲得に貢献し得ると考えられ、この点において、原告商標は相当程度の価値を有するものと認められる。
(ウ) そして、前提事実(3)及び後掲の各証拠によれば、被告標章1は被告クリニックのウェブサイトに(甲4の1)、被告標章3は被告クリニックの扉や屋外に設置された看板に(甲4の5、7の2、8)、被告標章4は被告クリニックの受付の壁面(甲4の1、4の5、4の10)に、それぞれ付されているなど、いずれも顧客に認識されやすい位置及び態様にて掲げられる形で使用されていると認められる。さらに、前記(イ)のとおり、虹色は、LGBTのイメージカラーとされていることを考慮すると、原告商標に類似する被告各標章を使用することは、LGBTの患者を顧客に含む被告クリニックの売上げ及び利益に相当程度貢献するものと認められる。
(エ) 原告と被告は、いずれも性病クリニックを運営する医師であり、競業関係にあるところ、前記(ア)のとおり、原告がこれまでに原告商標権の使用許諾をした実績があるとは認められず、本件全証拠によっても、原告が被告にその使用を許諾したであろうとの事情は認められない。
(オ) 以上の事情を総合考慮すると、商標権侵害をした者に対して事後的に定められる原告商標の使用に対し受けるべき料率については、4パーセントと認めるのが相当である。
エ損害不発生の抗弁について被告は、原告商標には業務上の信用が化体されておらず、顧客吸引力はないから、被告が被告各標章を使用したことによって原告に損害が発生していないと主張する。そこで検討すると、登録商標に類似する標章を第三者がその提供する役務につき商標として使用した場合であっても、当該登録商標に顧客吸引力が全く認められず、登録商標に類似する標章を使用することが第三者が提供する役務の売上げに全く寄与していないことが明らかなときは、得べかりし利益としての実施料相当額の損害も生じていないというべきである(最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参照)。これを本件についてみると、原告ないし七海会は、原告商標を原告クリニックの名称そのものとしては使用していないものの、ウェブサイトにおいて、男性間性交渉者向けの外来診療を「にじいろクリニック外来」と広告宣伝しており(前提事実(1)、甲2の2)、虹色はLGBTのイメージカラーであり、多様性や共存のシンボルであることからすると、原告商標に顧客吸引力が全くないということはできない。このほか、原告クリニック新橋院は、被告クリニックから徒歩3分程度の場所に所在する上、原告クリニック新宿院についても、被告クリニックと同様に山手線沿線に所在し、いずれも商圏が一定程度重なり合っていることを考慮すると、原告商標に顧客吸引力が全くなく、原告商標と類似する被告各標章を使用することが、被告の提供する役務の売上げに全く寄与していないことが明らかであると認めることはできない。したがって、被告の損害不発生の抗弁は理由がないというべきである。
オまとめ前記イ及びウによれば、商標法38条3項により算定される原告の損害額は、681万1759円となる。
(2) 商標法38条5項により算定される損害額前記1において説示したとおり、少なくとも、被告標章2は、原告商標の書体のみに変更を加えた同一の文字から成るものであるから、原告商標と被告標章2とは社会通念上同一のものというべきであり、被告による原告商標権の侵害行為は、原告商標権に係る指定役務について被告標章2を使用したことを含むものである。したがって、原告は、被告による原告商標権の侵害行為について、商標法38条5項に基づき、原告商標権の取得及び維持に通常要する費用に相当する額を、原告が受けた損害の額とすることができる。そして、関係法令の定めに照らせば、原告商標権の取得に通常要する費用は1万2000円(商標法76条2項、特許法等関係手数料令4条2項の一)と、維持に通常要する費用は3万2900円(商標法40条1項、商標法施行令4条1項)と認められる。そうすると、商標法38条5項により算定される原告の損害額は、合計4万4900円となる。
(3) 弁護士費用相当額被告による原告商標権の侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用に係る損害額は70万円と認められる。
(4) 小括以上によれば、被告の不法行為により原告に生じた損害額は、755万6659円となる。なお、被告による原告商標権の侵害行為は継続的不法行為に当たるところ、原告が損害賠償請求の基礎とする不法行為がされている期間の末日である令和5年8月17日時点において、被告による原告商標権の侵害行為はいまだ継続中であったから、当該期間における不法行為によって原告に生じた損害に係る遅延損害金の起算日については、同日とするのが相当である。
8争点7(商標法36条1項及び2項に基づく差止め及び廃棄の必要性)について前提事実(3)及び(4)並びに前記1ないし6のとおり、被告による被告各標章の使用行為は、原告商標権を侵害するものと認められる。そして、被告は、本件訴訟において、前記第2の4の各(被告の主張)のとおり、原告商標と被告各標章との同一性、原告商標権の有効性などを争っていることに加え、原告との間で、令和4年12月31日までに、原告商標と同一又は類似する標章が付されたインターネット上のコンテンツ、看板、ビラ、備品その他一切から当該標章を削除又は撤去し、原告商標と同一又は類似する標章を使用しない旨の本件合意をしたにもかかわらず(前提事実(5))、被告各標章を使用し続けていることを考慮すると、被告に対し、被告各標章の使用の差止め並びに被告各標章を付したチラシ、掲示物及び看板等の広告の廃棄を命じる必要性が認められる。
9争点8(謝罪広告の必要性)について前提事実(3)及び(4)並びに前記1ないし6のとおり、被告による被告各標章の使用行為は、原告商標権を侵害するものと認められるものの、本件全証拠によっても、被告に対し謝罪広告を掲載する方法による信用回復措置を命じなければならないほどに、原告の業務上の信用が害されたとまでは認めることができない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の謝罪広告の掲載を求める請求は理由がない。
10 小括(1) 損害賠償請求について商標法39条が準用する特許法103条によれば、原告商標権を侵害した被告には、その侵害の行為について過失があったものと推定されるから、不法行為に基づく損害賠償請求は、前記1ないし7のとおり、主文第1項の限度で理由がある。
(2) 被告各標章の使用の差止め並びに広告に係るチラシ、掲示物及び看板等の廃棄請求について
ア商標法36条1項及び2項に基づく請求について前提事実(5)並びに前記1ないし6及び8のとおり、商標法36条1項及び2項に基づく請求は理由がある。
イ本件合意に基づく請求について前記1のとおり、被告各標章は、いずれも原告商標と類似すると認められる。そして、前提事実(5)のとおり、被告は、本件合意により、①令和4年12月31日までに、原告商標と同一又は類似する標章が付されたインターネット上のコンテンツ、看板、ビラ、備品その他一切から当該標章を削除又は撤去する、②今後、原告商標と同一又は類似する標章を使用しないとの義務を負っているから、本件合意に基づく請求は理由がある。
(3) 謝罪広告の掲載請求について前記9のとおり、理由がない。
第4 結論
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官國分隆文
裁判官間明宏充
裁判官木村洋一(別紙)被告標章目録
1「にじいろクリニック新橋」
2「にじいろクリニック」34以上(別紙)被告ウェブサイト目録
1「(URLは省略)」のURL により特定されるインターネットのウェブページ及び同ドメイン名下において存在する全てのインターネットウェブページ
2「(URLは省略)」のURL により特定されるインターネットのウェブページ及び同ドメイン名下において存在する全てのインターネットウェブページ以上(別紙)謝罪広告目録
1掲載の内容謝罪文当院は、このたび、クリニックの名称を変更いたしました。当院がこれまで使用してきた「にじいろクリニック」の名称は、私が以前勤務しておりました「あおぞらクリニック」の院長であるX先生が開設を予定していたクリニックの名称であり、また、既に現在もMSM外来の名称として使用しているものであって、X先生の保有する登録商標でありました。したがって、当院が「にじいろクリニック」という名称を使用することは、X先生の商標権を侵害する行為でした。当院は、今後当該名称を使用することなく、また、X先生並びにあおぞらクリニック及び今後開設予定のクリニックに対し、このようなご迷惑をかけないことを誓約し、関係各位に対して心よりお詫び申し上げます。年月日院長Y
2掲載の要領(1)被告クリニック入口での掲載① 掲載場所被告クリニックの入り口扉、子扉、地面から140~160cm の高さ② 掲載方法A4 用紙1 枚に掲載内容を印字した紙を貼付する方法③ 使用活字明朝体表題:16pt本文・日付・名義:14pt④ 掲載期間6 か月間(2)被告クリニックウェブサイトでの掲載① 掲載場所被告クリニックのウェブサイト② 掲載方法「ホーム」の本文部分(メニューバーの下)の最上部に、①掲載内容を直接記載する方法又は②「謝罪文」の文言を掲載した上で掲載の内容を印字したPDF のリンクを掲載する方法③ 使用活字明朝体表題:16pt 以上本文・日付・名義:14pt 以上④ 掲載期間6 か月間以上(別紙)商標権目録登録番号
第6457577号出願日令和3年5月21日登録日令和3年10月18日登録商標(標準文字)にじいろクリニック商品及び役務の区分
第44類指定役務入浴施設の提供、あん摩・マッサージ及び指圧、カイロプラクティック、きゅう、柔道整復、整体、はり治療、医業、医療情報の提供、健康診断、調剤、栄養の指導、介護、医療用機械器具の貸与、美容、理容以上
出典: 令和5年(ワ)第70130号 裁判所ウェブサイト掲載の判決文 →