弁理士が3Dプリンターを事務所内に置き、試作まで支援する最大の目的は、アイデアを「弁理士の守秘義務」という安全地帯の中で形にするためです。アイデアが外部に出る前の段階で、試作の進め方と一緒に知財戦略を組み立てることを重視しています。
とくに、図面やラフスケッチしかない段階のアイデアは、仕様や構造が固まっていない一方で、模倣・新規性喪失・本来出さなくてよい情報まで相手に渡してしまうおそれが最も高い段階です。この段階で、試作・出願・どこまで公開するか(公開範囲)をどう決めるかが、後の権利化と事業展開に大きく影響します。
本記事では、NDA(秘密保持契約)や新規性喪失リスク、「図面だけの段階でどう判断するか」といった個別のハウツーそのものではなく、「弁理士がなぜ試作段階から関わるべきなのか」という全体の考え方と戦略的な意味に焦点を当てて解説します。各テーマの具体的な手順や注意点については、本文中でご紹介する各記事で詳しく取り上げています。
【論理的価値】弁理士が試作段階から介入すべき理由
一般に、弁理士の仕事というと「出願書類の作成や審査対応」が中心だと受け止められがちです。
しかし当事務所では、試作の段階から関与し、技術面と法的側面の両方からアイデアを評価・整理していくことも重要な役割だと位置付けています。
3Dプリント試作の全体像やリスク、出願前に試作を進める手順などについては、すでに次のガイドで体系的に整理しています。
これらを前提として、本記事では「なぜ弁理士が試作そのものに踏み込むのか」を戦略的な観点から説明します。
試作品を「安全地帯」の中で完結させる必要性
アイデアが「図面・3Dデータ」から「試作品」に変わる段階には、次のような特徴があります。
- 技術情報・構造情報・デザイン情報が、具体的な形として外部に出やすくなる
- 社内共有・外部業者への委託・展示会やプレゼンを通じて、アイデアに触れる人や場面が増え、情報管理の必要性や情報漏えいのリスクが増える
- 公開の仕方によっては、新規性喪失リスクが一気に高まる
この段階を安全に進めるため、当事務所では弁理士の守秘義務のもと、事務所内の3Dプリンターで試作を完結させる体制を整えています。
- データの送付先を「当事務所(1つの特許事務所)」に限定できる
- 試作・確認・改良案の検討を、当事務所内部(1つの特許事務所の内部)で完結できる(追加で試作業者など第三者にデータを渡す必要がない)
- 外部業者を利用する必要がある場合も、弁理士が情報開示の範囲などを確認し、知財リスクを最小限に抑える役割を担える
ここで重要なのは、「試作そのものを安全地帯の中で設計する」ことです。
当事務所内で試作を完結させることは、単なる「秘密保持契約(NDA)」の締結以上に、法律上の弁理士の守秘義務という保護下でアイデアを検証することを意味します。NDAは契約当事者間で義務を定める枠組みですが、弁理士の守秘義務は法律により課される(契約せずに課される)職業上の義務であり、専門職としての守秘義務に守られた「安全地帯」の中で情報を取り扱える点に特徴があります。
なお、新規性喪失リスクや情報の公開ラインの具体的な境界線、NDA条項の詳細などは、以下の専用記事で解説しています。
- 情報の公開ラインの考え方:
👉「出願前にどこまで情報を出してよいかの整理ガイド」 - NDAの具体的検討ポイント:
👉「出願前3Dプリント試作とNDA(秘密保持契約)の注意点」 - 試作品を見せる前に確認すべき点:
👉「試作品を公開する前に確認したいポイント」
本記事では、それらの詳細な線引きには踏み込まず、安心して試作を行える「安全地帯」を弁理士が提供することの意味と価値に焦点を当てて解説します。
権利範囲を決めるための具体的な仕様・構造情報を、試作品から得る
特許・意匠で権利化を検討する際には、次のような判断が必要になります。
- 技術的な独自性・進歩性の核となる構造はどこか
- 意匠として主張すべき「形状上の要部」はどこか
- 今後の改良余地や、既存技術との差を広げやすいポイントはどこか
図面や文章だけでは、これらの判断材料が不足する場面が多くあります。
試作品を実際に使用しながら検討すると、次のような情報が得られます。
- 想定していなかった使いにくさや操作上の課題
- 狙っていた効果が十分に得られている部分と、そうでない部分
- 当初「一番の売り」にしたいと考えていた箇所とは別の部分に、むしろ差別化しやすい特徴があると分かる場合がある
ここで得られる情報は、単なる感覚的なフィードバックではなく、特許や意匠でどこまで権利として主張できるかを決めるうえで役立つものです。
たとえば、試作品の評価を通じて分かってくる
- 狙っている機能や効果が、実際にはどの構成や動きによって支えられているか
- 形状や寸法のうち、変えてしまうと性能や使い勝手が大きく落ちてしまう「重要な部分」がどこか
といった知見は、後の特許出願で、どの内容をクレーム(権利範囲)に盛り込むか検討する際の重要な材料になります。
同様に、意匠出願においても、試作品を通じて
- 実際の使用時に視認されやすい部分
- 製品コンセプトを最も特徴づける部分や形状
- 機能的な都合で形状を変えにくい部分と、比較的自由に形状を調整できる部分
を把握することで、デザインのかなめとなる「要部」として主張すべき視覚的特徴を具体的に定めることができます。
弁理士がこの段階に立ち会うことで、
- 特許請求の範囲(クレーム:権利範囲)に反映すべき技術的特徴
- 意匠登録で押さえるべき形状・パターン
- ノウハウとして非公開で抱えるべき工夫
などを、試作品に基づいて具体的に整理できます。これにより、試作→評価→権利化準備の流れを、一貫して提供できる点が、試作段階から弁理士が関与する重要な価値の1つです。
試作と出願を「創造・保護・活用」の3つの視点でそろえる
当事務所では、知財戦略を
「創造(試作)・保護(権利化)・活用(事業展開)」の3つの視点をそろえて考えることを重視しています。3Dプリント試作は、この3つをつなぐ起点となる段階です。
「創造・保護・活用」をそろえて考える知財戦略
この3つの視点を簡潔に整理すると、次のとおりです。
- 創造(試作)
3Dプリント試作などを通じて、アイデアを「触れる形」にする段階。 - 保護(権利化)
特許・意匠などで、アイデアやデザインを「権利という形」に整理する段階。 - 活用(事業展開)
商標やブランド価値評価(簡易RFRなど)を通じて、市場でのポジションや価値を「数字」として可視化する段階。
これらを別々に進めた場合、次のような問題が生じやすくなります。
- 試作・公開が先行し、新規性や模倣リスクの管理が後追いになる
- 出願だけが先に進み、実際の製品やサービスの仕様と出願した権利範囲との間にズレが生じる(出願した内容では実際の製品・サービスが十分に保護できない)
- ブランド・商標の検討が分離され、事業戦略全体の整合性が取れなくなる
弁理士が試作段階から関与し、「この試作は将来どの特許・意匠・商標戦略につながるか」という視点で整理することで、
- どのバージョンを基準に出願を検討するか
- どの段階で公開(展示会・Web・SNS等)を許容するか
- 将来の商標登録(名称・区分の選定を含む)を、事業の開始やサービス展開のどのタイミングに合わせるか
といった中長期的なロードマップを、最初から一貫した方針で描くことが可能になります。
試作後、そのまま次のステップ(整理・出願)へ移行できる体制
試作が終了した時点で、手元には次のような情報が残ります。
- 実際に効果があった工夫点
- 既存技術と共通で、差別化に寄与しない部分
- 次の改良テーマになり得る課題点
弁理士が試作内容を把握している場合、これらの情報は特許・意匠の出願内容や、公開・非公開の線引きを検討するための基礎材料になります。
- 特許で保護すべき技術的特徴の抽出
- 意匠として登録するデザインの選定
- 開示すべき情報と、ノウハウとして非公開にすべき情報の切り分け
といった作業を、試作品に即して効率的に進めることができます。
このステップの具体的な進め方は、
👉「試作ができたら、次は『整理』の番 ― 試作後の知財整理ガイド」
に詳細をまとめています。本記事では、その前提として「試作と整理をワンストップでつなぐ体制の戦略的価値」を位置付けています。
弁理士に相談するタイミングの考え方
図面や試作品の段階で、「弁理士に相談するのはまだ早いのでは」と考えて手が止まってしまうケースもあるかもしれません。当事務所では、「完成してから相談する」のではなく、進め方に迷いが生じた段階で相談いただくことが合理的だと考えています。
「完成後」ではなく「迷った段階」で相談する合理性
アイデアのライフサイクルのうち、弁理士が特に支援しやすいのは次のようなタイミングです。
- 図面・スケッチ段階
- 試作を行う前に、外部へ出す情報の範囲を整理したい場合
- 特許・意匠・著作権など、どの制度を軸に検討すべきか判断したい場合
- 試作準備段階
- 外部業者への委託範囲や、NDAの要否・契約内容を整理したい場合
- 社内外の共有範囲と公開タイミングを決めたい場合
- 試作品がほぼ完成した段階
- どの仕様を基準に出願内容を固めるか決定する必要がある場合
- 公開・展示・営業活動との整合性を取りたい場合
これらはいずれも、「完成後」に相談するよりも前倒しで対応することで、選択肢を狭めずに今後の進め方を安全かつ現実的に決めやすいタイミングです。
図面段階での「試作か出願か、どちらを優先すべきか」については、次の記事で詳細に解説しています。
👉「『まだ図面だけ』で迷ったら──出願と試作、次の一歩の考え方」
よくある質問
Q. なぜ、外部の試作会社ではなく特許事務所内で3Dプリント試作を行うのですか?
A. 一番の理由は、アイデアを「弁理士の守秘義務」という安全地帯の中で検証できることです。データの送付先を当事務所(1つの特許事務所)に絞ることで、アイデアに触れる人や組織を最小限に抑えられます。また、試作の過程で得られた気づきを、そのまま特許・意匠の検討や公開範囲の整理に結びつけやすくなるため、試作と出願の間で情報が分断されにくくなるというメリットもあります。
Q. NDA(秘密保持契約)を結んでいなくても、図面や3Dデータを見せて相談して大丈夫でしょうか?
A. 弁理士には法律上の守秘義務が課されており、契約を結ばなくても、業務上知り得た秘密を漏らしてはならない立場にあります。そのため、NDAがなくてもご相談いただくことは可能です。もっとも、外部の試作会社や取引先と情報を共有する場合には、NDAを含めた契約面の検討が必要になることも多いため、その点は個別事情を伺いながら整理していきます。
Q. まだラフスケッチやアイデアメモしかない段階でも、相談する意味はありますか?
A. ラフスケッチ段階でも相談する意味はあります。図面や構想が固まる前の段階だからこそ、「どこまで外部に見せるか」「試作と出願のどちらをどの順番で進めるか」を整理しておくことで、後から選択肢が狭まるリスクを減らせます。当事務所では、試作の目的や優先順位、特許・意匠・著作権などどの制度を軸に考えるかといった全体像の整理からお手伝いしています。
アイデアを「安全地帯」で前に進めるために
本記事でお伝えしたように、3Dプリント試作の段階で「どこまで情報を出してよいか」「いつ出願を検討すべきか」を整理しておくことは、後の権利化と事業展開に直結します。
こうした整理を、実際の図面や試作計画に当てはめて検討したい方に向けて、次の2つのオンライン無料相談をご用意しています。
1. 3Dプリント試作寄りのケース向け:15分の試作相談
対象
- これから3Dプリント試作を検討している方
- 外部業者へのデータ提供やNDAの要否について、まず方向性だけ確認したい方
- 図面・スケッチ段階で、試作と出願の「最初の一歩」を整理したい方
主な内容
- 現時点の図面・構想レベルの確認
- 試作の主な目的(使い勝手の確認/形状イメージの共有/アイデアのブラッシュアップなど)の整理
- 試作をどのような順番で進めるか、どこまで情報を出してよいかといった整理
2. 出願・権利化寄りのケース向け:30分のオンライン無料相談
対象
- 試作だけでなく、特許・意匠の出願計画や費用感まで含めて整理したい方
- 3Dプリント試作と特許・意匠の出願を、中長期の視点でどう組み合わせるか検討したい方
主な内容
- 特許・意匠・商標を含めた「どの制度をどう使い分けるか」の全体像の確認
- 出願のタイミングと、どの段階でどこまで情報を公開してよいかの整理
- 試作・特許/意匠出願・商標登録について、「どこから手を付けるか」「当面は何を優先するか」の検討
次の一歩:関連ガイドとサービス
3Dプリント試作を「弁理士の守秘義務という安全地帯」の中で進めるために、あわせて次のガイドやサービスもご活用いただけます。
- 📅 3Dプリント試作 無料相談(15分)を予約する
└ 試作段階での安全確保と、試作の進め方・情報開示範囲の方向性を確認したい方に向けた入口です。 - 特許・意匠・3D試作の無料オンライン相談(30分)
└ 試作と特許・意匠出願をどのように組み合わせるか、中長期の進め方を整理したい方に向けた相談窓口です。 - 出願前の3Dプリント試作 総合ガイド
└ 試作におけるNDAや新規性喪失リスク、出願前の進め方の全体像を整理したガイドです。 - 知財・試作・商標価値評価の総合ガイド
└ 特許・意匠・商標・3D試作・商標価値評価を横断的に俯瞰できる、サイト全体の総合案内ページです。
この記事を書いた人:弁理士・米田恵太(知育特許事務所)














