自社より規模の大きい企業や、業界内で知名度がある企業による商標の無断使用が発覚した際、中小企業や個人事業主によっては、相手にその事実を指摘することを躊躇してしまうことがあります。
「まともに取り合ってもらえないのではないか」「波風が立ってしまうのではないか」 といった懸念から事実上の黙認をしてしまうと、本来なら受け取る権利がある「正当な対価(ライセンス料)」を、みすみす放棄してしまうことになります。
この状況を整理するための第一歩が、商標法第38条第3項に基づき「使用料相当額(ライセンス料相当)」を試算し、「相手に請求できる金額の目安」を把握することです。具体的な金額という「判断材料」を得ることで、漠然と悩むだけの状態から抜け出し、「リスクを取ってでも交渉すべきか、否か」という現実的な方針を決めやすくなります。
本記事では、実際にこの手法を用いて、交渉の方針を固めた事例と、その具体的なアプローチを解説します。
3年以上の無断使用──「言いにくい」が一番の損失
無断使用の相手が、自社よりも規模や影響力の大きい企業だと、最初の一歩を踏み出せなかったりもします。
- 「指摘して、逆に相手の機嫌を損ねたらどうしよう」
- 「資金力でねじ伏せられるのではないか」
- 「ことが大きくなって、悪目立ちしたくない」
しかし、何も言わずに放置していても、事態が勝手に好転することはありません。 相手が悪気なく使っている場合、こちらが声を上げない限り、「問題ない」という認識のまま、広告や商品の展開が進んでいくだけだからです。
重要なのは、黙って見過ごすのではなく、まずは事実関係を整理し、「現状をしかるべき形に改善したい」という意思を、相手に伝えることです。
そのために、感情的にぶつかることでも、ただ我慢することでもなく、「数字の根拠」を先に手元に置くことが有効になります。「これだけの金額価値がある話なのだ」と自覚するだけで、漠然とした不安が、然るべき対応が必要な“経営課題”へと変わるからです。
無料相談の30分で「請求できる金額」の目安が見えてくる
ここからは実例です。
本事例は、実際にあったご相談内容をベースにしていますが、特定を避けるため、一部加工しています。
【実例】3年以上、自社商標が無断使用されていたケース
- 状況: 自社の登録商標が、相手(規模の大きい企業)のWebページ・ECサイト・商品説明などで、3年以上にわたり使用されていた。
- 悩み: 相手は業界で規模も知名度もある企業で気後れしてしまい、正当な商標権者なのに事実を指摘しにくい。
- やったこと: 商標法第38条第3項(使用料相当額)という法的根拠を用いて“過去分の精算額”を試算し、客観的な数値をもとに現状を整理した。
ここでポイントになるのが、「使用料相当額(ライセンス料相当)」という考え方です。通常、損害額を立証するのはハードルが高いですが、商標法では「侵害があった場合、ライセンス料相当額を損害として請求できる」というルールがあるため、無理なく算出が可能となります。
事前のヒアリングがあれば、相談当日には「金額の目安」をお出しできます
もちろん、何の情報もない状態で、その場でいきなりライセンス料相当の金額を算出するのは不可能です。
しかし、事前に「お電話」や「問い合わせフォーム」で状況を共有いただければ、30分の無料相談の時間を、計算作業ではなく「結果の共有と対策」にフルに使うことができます。
今回の事例では、「いつ頃から、どのように使われているか」をヒアリングさせていただき、事前に私が試算を行った上で、無料相談の場では具体的な「算出結果」をお伝えする形をとりました。
具体的には、事前に以下の3つの要素を整理して計算をします。
- 無断使用の期間(仮):「感覚的に、いつ頃から見かけていますか?」というヒアリング情報をベースに、期間(年数)を仮定します。
- 相手側の売上(仮):正確な売上が分からない場合もあるため、Web上の公開情報──たとえば「ECサイトのレビュー件数」や「ランキング情報」、「販売単価」などを分析し、「少なくともこの商品はこれくらい売れているはずだ」との現実的な数字を逆算します。
- 料率(仮):ここは専門家の知見です。「この商材で、この使われ方なら、標準的な料率は◯%〜◯%くらいでしょう」という目安を当てはめます。
「概算式」でおおよその金額を把握する
上記①~③の「仮置きの数字」を事前に掛け合わせておくことで、相談の場でおおよその金額を共有できます。
(推定売上)×(料率)×(商標の使用期間) = 使用料相当額(シミュレーションした金額)
重要なのは、細かい1円単位の計算ではありません。これが「数万円の話」なのか、「数百万、あるいはそれ以上の話」になりそうなのか。その規模感を最初の相談で共有することで、その後の「戦うか、引くか」の経営判断がスムーズに行えるようになります。
数字の根拠を示すことで、相手も社内で検討しやすくなります
相手が組織として動いている企業であるほど、担当者個人の感情だけでは動けません。 逆に言えば、相手が社内で稟議を通しやすい材料(=数字)を用意することで、話がスムーズに進みやすくなります。
- 「法的にリスクがある」→ 上司に報告しやすい
- 「金額の根拠がある」→ 予算・決裁の話に乗せやすい
- 「落としどころが見える」→ 長期化を避けやすい
その結果、交渉の着地点(ゴール)として、次のような形を目指すという選択肢が見えてきます。
- 過去分の精算(解決金): 試算した「使用料相当額」をベースに解決金を支払ってもらう
- 今後のルール化: 正式にライセンス契約(料率・表示方法・監修等)を結ぶ
裁判まで行かずとも、「過去分の精算+今後の契約」という形で手打ちにするのは、実務上よくある解決策です。その交渉のテーブルについてもらうための「土台」となるのが、商標法38条3項に基づく「数字(使用料相当額)」です。
よくある質問
Q. 試算した結果、金額が少なくて「請求しない」ことになっても大丈夫ですか?
A. 全く問題ありません。費用対効果を考えて「今回は動かない(交渉しない)」と決めることも、立派な経営判断の一つです。最も良くないのは「いくら請求できるか分からないまま、モヤモヤし続けること」ですので、まずは判断材料として数字を出してみることをお勧めします。
Q. 相手の正確な「売上」や「使用期間」が分からないのですが、相談できますか?
A. はい、大丈夫です。相手が非上場企業の場合、正確な売上は外部から分かりません。そのため、記事内でも解説した通り、Web上の「商品レビュー数」や「ランキング」、「販売単価」などの公開情報から、プロの視点で現実的な数字を推計(シミュレーション)します。
Q. いきなり弁理士から連絡すると、相手の態度が硬化しませんか?
A. はい、その懸念はあります。ですので、いきなり弁理士が表に出ない方法も選べます。相手との関係性を重視する場合、あえて弁理士名を出さず、お客様(自社)名義で送るお手紙の「文面作成(ドラフト)」や「監修」のみを裏方としてサポートすることも可能です。
これなら、相手を過度に刺激せず、かつ法的に隙のない交渉が可能です。もちろん、弁理士名で出す場合でも、高圧的にならないようトーンを調整しますので、最適な距離感を一緒に考えましょう。
「いくら請求できるか」を知るだけで、今後の道筋が見えてくる
この手の案件で一番つらいのは、「相手が大きい」ことよりも、「自分の中で今後の方針が決まらない(どうしていいか分からない)」ことです。
- いくら請求できる見込みなのか
- 現実的な着地点(落としどころ)はどこなのか
- どんな言い方なら角が立ちにくいのか
- 何を揃えれば交渉に耐えるのか
これが整理できるだけで、気持ちが一段ラクになります。 計算してみた結果、「今回はリスクを取らない(交渉しない)」という選択をすることも、一つの立派な経営判断です。
なお、弁理士には守秘義務があります。業務上知り得た秘密を漏らすことは、法律で固く禁じられています(弁理士法第30条)。 NDA(秘密保持契約)を結ぶ前でも、まずは安心して状況をお話しください。
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この記事を書いた人:弁理士・米田恵太(知育特許事務所)













