グループ再編や事業譲渡の場面で、こんな会話が交わされることがあります。
「この商標、もう何年も使ってないよね。0円で子会社に渡しちゃっていい?」
使っていないのだから無価値。無価値なのだから0円で譲渡しても問題ない──一見すると筋が通っているように思えます。
しかし、税務の世界では「使っていない」と「価値がない」はイコールではありません。
この記事では、未使用の商標を安易に0円で譲渡した場合に生じる税務リスクと、「では、いくらで譲渡すればいいのか」という実務上の対応策を解説します。
「使っていない=0円」が通らないケース
たとえば、自社が10年前まで使っていた旧ブランドの商標。現在は新ブランドに切り替え済みで、売上はゼロ。こうした商標を、グループ内の別法人に0円で渡す。「もう使っていないのだから問題ないだろう」と考えたくなる場面です。
しかし、「現在使っていない」という事実だけをもって、その商標が無価値であるとは言えません。0円での譲渡を考えるなら、まず次のような観点から、その商標に「残っている価値」がないかを確認しておく必要があります。
- その商標を放棄したら、競合他社がその名前(や紛らわしい名前)で同じ市場に入ってくる可能性はないか?(商標登録がある限り、その名前は他社に使われません。放棄すれば、他社がその名前を使えるようになります)
- その商標(旧ブランドの名前)が、今も顧客や取引先にまだ知られていないか?(長く使っていた名前なら、いまも覚えている人がいて、競合に同じ名前を使われると、その残った信用にただ乗りされるおそれがあります)
- 将来、再びその商標を使う事業計画や準備はないか?
もしこれらのいずれかに「ある」と答えるなら、その商標には使っていなくても経済的な価値があることになります。価値のあるものを0円で渡すと、原則として、渡す側と受け取る側の両方に税負担が生じます。渡す側では、本来受け取れたはずの代金(その商標の価値)を相手にタダであげたとみなされて「寄附金」として扱われ、受け取る側では、その価値をタダで得たとみなされて「受贈益」となり、課税の対象になります。
では、未使用の商標はいくらで譲渡すればいいのか
使用中の商標であれば、売上やロイヤリティをもとに時価を算出する方法(インカムアプローチ)が一般的です。しかし、未使用の商標は売上がないため、この方法は使えません。
こうしたケースで実務上よく用いられるのが、「コストアプローチ(再調達原価法)」です。
コストアプローチの考え方はシンプルです。「今から同じ商標を一から取り直すとしたら、いくらかかるか」──その再取得コスト(再び同じ権利を取得するためにかかる費用)を、商標の最低限の価値(時価(適正な売買価格)の下限)とみなします。
具体的には、以下のような費用を積算します。
- 特許庁への出願料・登録料
- 弁理士(代理人)費用
- 海外出願がある場合は、現地の出願費用
国内の商標1件であれば、再取得コストは数万円〜十数万円程度になるのが一般的です。
つまり、未使用の商標であっても、少なくともこの「再取得コスト」相当額で取引しておかなければ、0円譲渡は寄附金として認定されるリスクがあるということです。
「防衛的価値(Defensive Value)」とは何か
ここまで見てきた「競合に使わせない」「以前の信用が残っている」といった価値の背景には、会計・評価の実務でいう「防衛的価値(Defensive Value)」という考え方があります。
これは、「自社が積極的に使わなくても、他社に使わせないために保有すること自体に経済的な価値がある」という考え方です。
たとえば、以下のようなケースです。
- 旧ブランド名の保持:新ブランドに切り替えた後も、旧ブランド名を他社に取られないよう商標登録を維持している。
- 類似商標の確保:自社の主力ブランドと紛らわしい名称を、防衛目的で複数登録している。
- 将来の再利用の可能性:現在は使っていないが、市場環境の変化によって再び使う可能性がある。
こうした商標は、「使っていない」という事実だけを見れば無価値に思えますが、「他社に使わせない」という機能を果たしている限り、経済的な価値がゼロとは言えません。
「本当に無価値」なら0円でもいい──ただし、証明が必要
もちろん、すべての未使用商標に価値があるわけではありません。
たとえば、以下のような商標であれば、「無価値」と判断することにも合理性があります。
- 自社の事業とまったく関連がなくなった商標(事業撤退済みで、再参入の可能性もない)
- 競合他社が同じ名称を使う可能性が極めて低い(一般名称化している等)
- 商標の更新期限が目前で、更新コストに見合う理由がない
こうしたケースでは、0円(または廃棄)という判断もあり得ます。
ただし重要なのは、「なぜ無価値と判断したのか」を客観的に説明できる状態にしておくことです。「使ってないから」だけでは、税務調査で通用しない可能性があります。防衛的価値の有無、再利用の可能性、競合の状況などを検討した記録を残しておくことが、自己防衛になります。
よくある質問
Q1. 未使用の商標をグループ内で譲渡する場合、税理士に相談するだけでは不十分ですか?
A. 税理士への相談は不可欠ですが、商標の「価値の有無」の判断には知財の専門知識も必要です。たとえば、その商標に防衛的価値があるかどうかは、競合状況やブランド戦略を踏まえなければ判断できません。税務の専門家と知財の専門家の両方に相談されることをお勧めします。
Q2. 使っていない商標が複数ある場合、まとめて整理するにはどうすればいいですか?
A. まず、保有商標の一覧を作成し、「使用中 / 防衛目的 / 不要」の3つに分類するところから始めてください。なお、国内で100%の完全支配関係にあるグループ会社間(親会社と100%子会社など)では、グループ法人税制により簿価(会社の帳簿に載っている金額)での譲渡が認められ、受け取る側の受贈益(タダで得た利益)は課税されません。ただし、譲渡した側では時価で売ったものとして扱われ、時価と簿価の差額(譲渡益)には課税が生じるため、100%グループ内でも適正な時価の把握は必要です(詳しくは「グループ会社間で商標を移転するとき、実費でいいケースと時価での譲渡が必要なケースの判定ガイド」をご覧ください)。100%未満の関連会社間や個人→法人の譲渡では、原則どおり時価での取引が求められます。「防衛目的」に分類されたものは再取得コスト以上での譲渡が必要です。「不要」と判断したものでも、税務署が同じ判断をするとは限らないため、「なぜ不要と言えるのか」を客観的に説明できる根拠資料を必ず用意してください。弊所では、この分類整理のご相談にも対応しています。
Q3. 「防衛的価値」の有無を判定する評価書は作れますか?
A. はい、対応可能です。弊所の商標価値評価サービスでは、使用中の商標だけでなく、未使用商標の価値判定(防衛的価値の有無を含む)にも対応しています。費用は一律110,000円(税込)、最短5営業日で作成します。
まとめ ──「使っていない」と「無価値」は別の話
グループ再編や事業譲渡で「使っていない商標」の扱いに迷ったとき、最もやってはいけないのは「使ってないから0円でいい」と自己判断することです。
「使っているかどうか」と「価値があるかどうか」は、別の問題です。使っていないことはすぐ分かりますが、価値があるかどうかは、その商標の中身を確認してみないと分かりません。
- 他社に使わせないために持っている商標には、防衛的価値が認められる場合があります。
- 未使用でも、少なくとも再取得コスト(数万円〜十数万円)相当額での取引にしておくのが安全です。
- 0円で譲渡するなら、「防衛的価値もない」「再利用の可能性もない」ことを客観的に説明できる準備が必要です。
「使っていないから」という思い込みだけで0円と決めてしまうと、実は価値のある商標だった場合に、想定外の税負担につながりかねません。これは、事前に少し確認しておけば避けられるリスクです。なお、商標の使用料率の相場は知財ロイヤルティ料率データベースで確認できます。迷ったら、まず弊所の無料相談で「この商標に価値があるのか、ないのか」を確認するところから始めてください。
※本記事に関する免責事項:本記事は、商標権の管理や価値評価に携わる弁理士の立場から、商標の移転・譲渡に伴う税務上のリスクを整理したものです。税務に関する記述は、下記の参考文献等に基づく一般的な情報提供であり、個別の税務判断や税務申告上のアドバイスを行うものではありません。具体的な税務処理については、必ず税理士等の専門家にご相談ください。
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参考文献
- 井上康一『移転価格税制についての素朴な疑問』(税務研究会出版局、2025年)
※ 完全支配関係にある法人間の低額譲渡における寄附金・受贈益・譲渡損益の取扱い、低額譲渡でも時価相当額を収益に算入すること(P.50〜52)等を参照しています。 - デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社編『M&A無形資産評価の実務(第4版)』(清文社、2023年)
※ 使用しない商標の防衛的価値(Defensive Value)の認識・評価(P.175)について参照しています。 - 大津洋夫『知財活用の局面・目的に応じた知的財産価値評価の実務』(経済産業調査会)
※ 未使用の指定商品に対するコスト・アプローチ(取替原価法)の適用(P.292)、コスト・アプローチの客観性と未利用商標権への適性(P.309)について参照しています。
この記事を書いた人:弁理士・米田恵太(知育特許事務所)















