グループ再編にあたり、子会社が使っている商標の名義を親会社からその子会社に移したい。あるいは、事業を集約する会社に商標をまとめたい。グループ内での商標の譲渡は、事業が成長していく中でごく自然に生じるものです。
しかし、必ず問題になるのが「いくらで商標を譲渡すればいいのか?」という価格の話です。「グループ内だし、登録にかかった実費でいいだろう」──そう考える方が多いのですが、実費で問題ないケースと、「時価(適正価格)」が求められるケースがあります。この区別を間違えると、売った側・買った側の双方に追加の法人税がかかるリスクがあります。
この記事では、グループ会社間での商標の譲渡において、「実費でいいのか、時価が必要なのか」を資本関係の違いから判定する方法をわかりやすく解説します。
判定マトリクス:あなたのケースは「実費」?「時価」?
商標の譲渡価格をいくらに設定すべきかは、「誰から誰へ商標を移すか(資本関係)」で決まります。以下の表で、ご自身のケースを確認してください。
| 譲渡パターン | 適正価格の基準 | 根拠となる制度 | リスク |
|---|---|---|---|
| 国内 100%親子間(間接保有を含む完全支配関係) | 会社の帳簿に載っている金額(簿価)でOK※ | グループ法人税制(法人税法61条の11) | ★☆☆ |
| 国内 100%未満の関連会社間(兄弟会社・50%出資先など) | 時価(適正価格)が必要 | 寄附金課税(法人税法37条) | ★★★ |
| 海外子会社(100%親子を含む) | 時価(適正価格)が必要 | 移転価格税制(租特法66条の4) | ★★★ |
※ 簿価での譲渡が「OK」でも、商標を渡した会社には時価と簿価の差額(譲渡益)が生じ、申告は時価で計算するのが原則です(法人税法22条2項。帳簿価額1,000万円以上なら繰延の対象、詳しくは後述)。このため、簿価で譲渡する場合でも適正な時価の把握が必要になります。
※ 社長個人から自分の法人への譲渡は、グループ会社間の譲渡とはルールが異なります。詳しくは「社長個人の商標を会社に移す時、いくらが正解?「0円・実費」の税務リスクと適正価格の算出ルール」をご確認ください。
100%親子間なら「簿価」でOK ── グループ法人税制とは?
国内で100%の完全支配関係にある法人間(直接の親子だけでなく、親→子→孫のような間接保有も含みます)では、「グループ法人税制」という特例により、グループ内で商標権を簿価(会社の帳簿に載っている金額)で譲渡するのが一般的です。
通常、時価より安く譲渡すると、商標を渡した会社には「寄附金」(時価との差額を、タダであげたとみなす扱い)、受け取った会社には「受贈益」(時価との差額を、タダでもらった利益とみなす扱い)として、それぞれ追加の税負担が生じます。ところが、国内の100%完全支配関係にあるグループ会社間では、この扱いが一部変わります。
税負担が生じないのは、商標を受け取った会社に生じる「受贈益」(時価より安く取得したことで生まれる利益)です。一方、商標を渡した会社では、安く譲渡しても税務上は時価で売ったものとして扱われるため、時価と簿価の差額(譲渡益)が生じます。
この譲渡益は、移転する商標の帳簿価額が1,000万円以上であれば「譲渡損益の繰延」(課税を後の年に先送りできる制度)の対象になり得ます。ただし、自社で出願して取得した商標は帳簿価額が1,000万円に届かないことが多く、その場合は繰延が使えず、税負担はそのまま生じます。
なお、譲渡価格を簿価にしても、商標を渡した会社の法人税の申告では「時価で売った」ものとして利益を計算するのが原則です。つまり、契約金額が簿価でも、時価と簿価の差額(譲渡益)を会社の課税対象となる利益に加えて申告することになります(法人税法22条2項)。このため、100%グループ内の譲渡であっても、申告のために適正な時価を把握しておく必要がある場面があります。具体的な申告のしかたは、税理士にご確認ください。
「簿価」と「実費」はイコールではない ── 注意点
「簿価で譲渡すればいい」とわかると、次に出てくるのが「簿価って、登録にかかった費用(実費)のことでしょ?」という疑問です。実は、簿価と実費は同じとは限りません。
商標権は会計上、「無形固定資産」として扱われ、毎年少しずつ減価償却(価値が減っていく処理)が行われます。そのため、登録してから年数が経つほど、帳簿上の金額(簿価)は実費よりも下がっていきます。
- 取得して間もない商標: 簿価 ≒ 実費(ほぼ同額)
- 長年保有している商標: 簿価 < 実費(減価償却で簿価が下がっている)
グループ法人税制を使う場合の譲渡価格は「簿価」です。そのため、「登録にかかった実費」ではなく、直近の決算書(固定資産台帳)で簿価を確認してください。もし簿価がわからない場合は、顧問の税理士にご確認ください。
100%未満の関連会社間は「時価」が必須 ── 寄附金課税のリスク
資本関係が100%未満の兄弟会社や関連会社間では、グループ法人税制は適用されません。
この場合、商標を時価よりも安い価格で譲渡すると、売った側は差額が「寄附金」として、買った側は差額が「受贈益」として認定され、双方に追加の法人税がかかるリスクがあります。たとえば、時価500万円の商標を実費の10万円で譲渡した場合、その差額490万円について、買った側では受贈益として課税され、売った側でも寄附金の一部が経費として認められず課税対象になり得ます。
「うちは兄弟会社の間だから、グループ内には変わりない」──そう思いたくなりますが、グループ法人税制は「100%の完全支配関係」がなければ適用されません。資本関係が100%でない場合は、第三者との取引と同じように「時価」での取引が必要になります。
「時価」が必要なケースでの対応策
時価での商標の取引が求められるケースでは、その商標の「時価」をどう見積もるかが問題になります。
商標の時価は、売上の有無だけでは決まりません。使用実績・ブランドの認知度・ライセンスの可能性・権利範囲・将来の収益への貢献などを総合して判断します。売上がなくても、ブランドとしての信用や参入障壁としての価値が認められる場合もあれば、逆に売上があっても信用が定着していなければ価値が限られる場合もあります。収益化の実績や見込みが乏しい場合には、取得・登録にかかった費用が参考になることもあります。いずれにしても、適正な時価の算定は難しい判断を伴うため、専門家に相談しながら進めるのが安全です。
海外子会社への譲渡は「別ルール」── 100%親子でも時価が必要
注意が必要なのが、海外子会社への譲渡です。国内の100%親子間で認められる「簿価での譲渡」は、海外子会社には適用されません。
海外子会社との取引には「移転価格税制」(海外の関連会社との取引を、第三者と取引する場合の適正な価格(独立企業間価格)で行ったものとして所得を計算する制度)が適用され、たとえ100%の親子関係であっても、税務上は独立企業間価格で行ったものとして所得が計算されるため、適正な時価での価格設定が必要です。しかも、ブランドが成功しているほど商標の時価が高額になり、「譲渡価格が高すぎて商標を譲渡できない」という問題に直面することがあります。
グループ間の商標ライセンス料率は、知財ロイヤルティ料率データベースで業種別の相場を確認できます。また、海外子会社への譲渡については、別の選択肢(ライセンス、新ブランド戦略など)も含めて「海外子会社への商標移転、評価額が高すぎて「詰んだ」時の打開策|無理な譲渡を回避するライセンスと新ブランド戦略」で詳しく解説しています。
よくある質問
Q1. 100%子会社ではなく「99%出資」の会社への譲渡です。グループ法人税制は使えますか?
A. 使えません。グループ法人税制の適用には「100%の完全支配関係」が必要です。99%では1%足りず、時価での取引が求められます。まずは資本関係を正確に確認してください。
Q2. 親会社→孫会社への譲渡でも、グループ法人税制は適用されますか?
A. 親→子→孫のいずれも100%の完全支配関係であれば、適用されます。グループ法人税制は直接の親子間だけでなく、間接保有を含む完全支配関係にある法人間に適用されます。ただし、途中に100%未満の法人が挟まると、その先には適用されませんのでご注意ください。
Q3. 簿価がわからない場合、どうすればいいですか?
A. 直近の決算書(固定資産台帳)を確認してください。商標権は「無形固定資産」の項目に記載されています。もし見つからない場合や判断が難しい場合は、顧問の税理士にご確認ください。
まとめ
グループ会社間で商標を譲渡する場合の「適正価格」は、資本関係で決まります。
- 【国内100%親子間(完全支配関係)】 👉 グループ法人税制により、簿価での譲渡が可能です。直近の決算書(固定資産台帳)で簿価を確認してください。
- 【国内100%未満の関連会社間】 👉 時価(適正価格)での取引が必要です。安い価格で譲渡すると、売った側・買った側の双方に追加の法人税がかかるリスクがあります。
- 【海外子会社(100%含む)】 👉 移転価格税制により、時価が必須です。「時価が高すぎて商標を譲渡できない」場合は、ライセンスや新ブランド戦略も検討してください。
「自分のケースでは実費でいいのか、時価が必要なのかわからない」──そう感じたら、弊所の無料相談で状況を整理するところから始めてください。資本関係を確認し、次のステップをご提案いたします。
※本記事に関する免責事項:本記事は、商標権の移転登録手続きを日常的に代理する弁理士の立場から、移転の際に実務で問題になりやすい税務上の注意点をまとめたものです。税務に関する記述は、下記の参考文献等に基づく一般的な情報提供であり、個別の税務判断や税務申告上のアドバイスを行うものではありません。具体的な税務処理については、必ず税理士等の税務の専門家にご相談ください。
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参考文献
- 井上康一『移転価格税制についての素朴な疑問』(税務研究会出版局、2025年)
※ 完全支配関係にある法人間の低額譲渡における寄附金・受贈益・譲渡損益の取扱い、低額譲渡でも時価相当額を収益に算入すること(P.50〜52)等を参照しています。 - 田島宏一ほか編著『移転価格税制・海外寄附金のケーススタディ50(第2版)』(中央経済社、2023年)
※ 100%完全支配関係における寄附金・受贈益の取扱い(P.13)、国外関連者への寄附金の全額損金不算入(P.17)等を参照しています。 - 牧口晴一・齋藤孝一『非公開株式譲渡の法務・税務〔第8版〕』(中央経済社、2023年)
※ 完全支配関係のある法人間における譲渡損益の繰延(P.173)等を参照しています。
この記事を書いた人:弁理士・米田恵太(知育特許事務所)















