新しい技術やサービスを開発したとき、「どこまで情報を開示して、どこから先を秘密にすべきか」で迷う場面は少なくありません。全部をクローズにして守り切ろうとすると市場が広がりにくくなり、逆に全部をオープンにすると今度は自社の競争力が弱くなってしまいます。
このようなときに役立つ考え方がオープン・クローズ戦略です。自社にとって基幹となる技術(コア技術)はしっかり守り、それ以外の部分はあえて開放することで、市場の拡大と自社の優位性の両立を目指す戦略です。
この記事では、オープン戦略とクローズ戦略の基本から、中小企業・スタートアップがどのように活用できるかまで、弁理士の視点で整理します。
オープン・クローズ戦略とは
オープン・クローズ戦略とは、自社にとって基幹となる技術を独占して自社の競争力を高める一方で、自社にとって基幹ではない技術を開放することで市場の拡大を図り、自社に有利な事業を構築するための戦略をいいます。
名前の通り、次の2つの戦略の組み合わせです。
- オープン戦略:あえて開放する部分(標準化・無償解放など)を決めて、市場を広げるための戦略
- クローズ戦略:絶対に手放したくない部分をノウハウ化や特許などで守り、競争力の源泉にする戦略
重要なのは、「全部オープン」「全部クローズ」と極端に振れるのではなく、技術や仕組みを分解し、どこを開きどこを閉じるかを設計することです。ここに知的財産戦略の出番があります。
オープン戦略とは
オープン戦略は、自社が開発した新技術や新製品などから、自社の強みや事業の要にならない技術部分を積極的に開放していく戦略です。具体的には、次のような方法があります。
- 標準化(規格化)して、多くの企業が利用できるようにする
- 特許の無償解放や、低額なライセンスでの提供を行う
- 仕様やAPIなどを公開し、外部の開発者・企業に使ってもらう
基幹ではない技術を標準化して普及させる
オープン戦略の代表的な方法が標準化です。自社だけが使っている仕様を、業界共通の仕様として広く公開・共有することで、多くの製品やサービスに採用してもらいやすくなります。
例えば、ある規格に準拠した部品やインターフェイスを標準化すれば、他社の製品とも組み合わせやすくなり、市場全体が拡大します。その結果、標準化した技術と相性の良い自社製品の販売機会も増えていきます。
標準化の考え方や企業事例については、別記事「標準化とは?企業が押さえておきたいメリット・デメリットと活用事例」で詳しく紹介しています。
特許を無償・低額で開放して市場を広げる
標準化までは行わなくても、特許を無償で使えるようにする、または非常に低いライセンス料で提供するといったオープン戦略もあります。
例えば、トヨタ自動車株式会社が燃料電池車の特許を一定条件のもとで無償解放した事例や、アメリカの自動車メーカーであるテスラが電気自動車関連の特許を公開した事例が知られています。これらはいずれも、「自社だけで市場を抱え込むより、他社にも参入してもらったほうが市場が大きくなり、最終的に自社にとっても有利になる」という発想に基づくものです。
このようにオープン戦略は、短期的な独占よりも、長期的な市場拡大・エコシステム構築を重視する考え方と言えます。
クローズ戦略とは
クローズ戦略は、オープン戦略とは逆に、自社の強みや事業の要となる技術部分を手放さずに守るための戦略です。具体的には、次のような方法があります。
- 技術の詳細を社内ノウハウとして秘匿化する
- 特許・実用新案・意匠・商標などで権利を取得し、独占的に利用する
- 契約(秘密保持契約・共同開発契約など)で利用範囲をコントロールする
基幹技術をノウハウ化して守る
クローズ戦略のひとつが、基幹技術をあえて特許にせず、ノウハウとして社内に閉じ込めておく方法です。製造条件やアルゴリズムの細かな調整、社内での段取りなど、第三者からは容易に再現できないものはノウハウ化に向いています。
どこまでをノウハウにすべきか、どこから先は特許にした方が良いかについては、「ノウハウにすべきか特許を取るべきか…判断基準を簡易に解説」で整理しています。
基幹技術について特許等を取得して独占する
もうひとつの代表的な方法が、基幹技術について特許等を取得して独占することです。特許権を取得すれば、一定期間、他社による無断実施を排除できるため、自社にとっての差別化要因を維持しやすくなります。
特許を取得するまでの流れについては、「特許の取り方と出願の流れを弁理士が解説」でステップごとに解説しています。
中小企業・スタートアップでの活用イメージ
オープン・クローズ戦略は、大企業だけの話ではありません。むしろ、限られたリソースで勝負する中小企業・スタートアップこそ、「どこを開き、どこを閉じるか」を意識的に設計する必要があります。
例えば、次のような切り分け方が考えられます。
- 開く(オープンにする)部分の例
・他社とも共有してよいインターフェイス仕様やデータ形式
・自社サービスの利用マニュアルや事例紹介、チェックリスト的なコンテンツ
・将来の標準仕様になってほしい部分(業界共通で使った方が市場が広がるもの) - 閉じる(クローズにする)部分の例
・見積りロジック、評価ロジックなどのコアとなる計算方法
・試作・設計のノウハウ(段取り・条件設定・失敗パターン)
・ブランドのコンセプトやストーリーの作り方、社内での判断基準
実務としては、まず次の3ステップで整理すると考えやすくなります。
- 自社の技術・サービスを「部品」に分解する
- それぞれについて「基幹かどうか」「真似されると困るかどうか」を評価する
- 基幹でない部分はオープン化・標準化の候補、基幹部分はノウハウ・特許等で保護
すべてを完璧にやる必要はありません。まずは「ここだけは守りたい」「ここは開いた方が市場が広がりそうだ」と思えるポイントを1~2か所決めるだけでも、知財戦略と事業戦略の噛み合わせが良くなります。
まとめ|開くところと閉じるところを意識的に決める
オープン・クローズ戦略は、技術や仕組みを「オープンにする部分」と「クローズにする部分」に分けて考えるためのフレームです。
- オープン戦略:基幹ではない技術を標準化・無償解放などで開放し、市場を広げる
- クローズ戦略:基幹となる技術をノウハウや特許で守り、競争力の源泉にする
- 重要なのは、「全部オープン」「全部クローズ」ではなく、技術を分解して設計すること
新しい技術やサービスが生まれたときには、「どこを開いて市場を広げ、どこを閉じて強みを守るか」という視点で一度棚卸しをしてみてください。事業戦略と知財戦略をセットで考えるきっかけになるはずです。
実際のプロジェクトごとに「どこまで開くか/どこから閉じるか」を整理していくには、技術の内容だけでなく、事業モデルや競合状況も踏まえた検討が欠かせません。具体的な状況を前提にオープン・クローズの切り分けをしたい場合は、当サイトの無料相談もご活用ください。
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この記事を書いた人:弁理士・米田恵太(知育特許事務所)








