このページは、「特許出願の前に、何をどこまでやっておくべきか」をざっくり整理した総論ガイドです。
特許の実務では、出願の前に①どこまで公開を許容するか・②先行技術をどこまで調べるか・③クレームの広さをどのあたりに設定するかという3つの「線引き」を、ざっくりでも決めておくことが重要です。
この記事では、中小企業・スタートアップ・個人発明者の方が、限られた時間と予算の中で「どこまでやれば十分か」をイメージできるよう、3つの線引きを俯瞰して整理します。
1. 出願前に整理すべき3つの線引き(全体像)
特許出願の前には、本来は多くの検討事項がありますが、最低限押さえておきたいのが次の3つの線引きです。
- 公開の線引き
── 出願前に「どこまで見せてよいか」「どの見せ方が危険か」を決めておく。 - 先行技術調査の線引き
── 自分たちでどこまで調べ、どの段階で弁理士に相談するかの目安を決める。 - クレーム範囲の線引き
── 広く権利を取りたい気持ちと、「特許が通る現実ライン」とのバランスをどこで取るか。
これらはそれぞれ別々のテーマに見えますが、実務では次のように互いに影響し合う関係にあります。
- 公開を急ぎすぎると、先行技術調査やクレーム設計の前に新規性を失うおそれがある
- 先行技術調査の結果によって、「どこまで広く主張できるか(クレーム範囲)」が変わる
- クレーム範囲を欲張りすぎると、審査で拒絶されやすく、コストや時間がかかる
完璧を目指すとキリがありませんが、最低限どこまでやれば「後悔しにくいか」という現実的な目線で、順番に見ていきます。
2. 公開の線引き|どこまで見せてよいか
特許出願をする前に、試作品そのものやデモ画面、技術の仕組みなどをSNS・展示会・商談などで見せる場面があります。このときに最も重要なのが、「技術的な特徴(新しい部分)」が第三者に伝わってしまうかどうかです。
特許の新規性は、公開された情報から構造・動作・工夫点が分かるかどうかで判断されます。したがって、出願前の公開では次のような線引きが目安になります。
2-1. 比較的安全な見せ方
- 遠景の写真(技術的な特徴である細部の構造が分からない)
- 手やカバーで試作品の大部分が隠れている写真
- 影・逆光などで技術的な特徴である内部構造や機構が読み取れない写真
- 外観イメージとして背景的に写っているだけの写真
ポイントは、「どこがどう動いているか」「どこが工夫点か」が推測されないことです。
2-2. 避けたい・危険な見せ方
- 技術的特徴となる動きが分かる動画
- 技術的特徴である内部構造や機構が分かる写真・分解図・透明モデル
- 特徴的な部品のアップ写真やCAD画像
- 「どこが動き、どう連動しているか」が読み取れる写真や図
第三者が「仕組みが分かった」と言えるレベルの情報は、原則として出願前には公開しないのが安全です。
出願前の試作品の見せ方については、次の記事で「安全な公開/危険な公開」をより具体的に整理しています。
👉 【特許 × 試作】出願前の試作品でどこまで技術を見せていいか|構造・動作・仕組みの公開リスク
3. 先行技術調査の線引き|どこまで自分で調べるか
次に重要なのが、「似た技術がすでにあるかどうか」をどこまで確認するか、です。これを全く見ずに出願すると、
- すでに公知の技術とほぼ同じ内容で出願してしまう
- わずかな違いしかないのに、広すぎるクレームを主張してしまう
といった形で、拒絶理由が多くなり、時間と費用が大きく膨らむリスクがあります。
3-1. 自社内でやっておきたい最低限
- 一般検索エンジンでの簡易検索
キーワード+英語キーワードでざっくり検索し、「まったく同じ発想」がないかを見る。 - 類似製品・競合サービスの確認
自社の業界や周辺業界で、似た構造・仕組みを持つ製品がないかを把握する。 - 社内の過去案件・アイデアとの重なり確認
過去に検討した案や、既存製品との関係も簡単に整理しておく。
この段階では、「世界中の特許を漏れなく調べる」ことまでは目指さなくて大丈夫です。「あからさまに同じものがないか」をざっくり見る、というイメージです。
3-2. 弁理士に任せた方がよいケース
- コア技術であり、事業の柱になる発明
- 海外展開を視野に入れている技術(海外公報の確認が必要)
- 競合他社の動きが激しい分野で、類似特許リスクを特に気にしている場合
こうしたケースでは、特許専門のデータベースを使った検索や、クレームの読み解きが重要になるため、早めに弁理士に相談しておくのが現実的です。
ポイントは、「すべての発明で完璧な調査をする」ことではなく、重要度の高い発明だけでも、専門家の目を通しておくというメリハリです。
4. クレーム範囲の線引き|どこまで攻めるか・絞るか
クレーム範囲(特許請求の範囲)は、権利の「守備範囲」そのものです。広く取りたい気持ちが先行すると、
- 先行技術と差がないと判断され、拒絶が繰り返される
- 結局、審査対応コストがかさんだわりに、狭い権利しか残らない
という結果になりがちです。逆に、最初から狭くしすぎると、せっかくのアイデアを十分に活かせません。
4-1. 「核」と「バリエーション」を分けて考える
クレームを考えるときは、次の2つを分けて整理しておくとスムーズです。
- ① 核となる構成(本質部分)
── この部分がなければ、そもそも発明と言えない中核の仕組み。 - ② バリエーション・実施形態
── 材料・寸法・形状など、変えても発明の本質は変わらない部分。
実務的には、クレームでは①の「核」をできるだけシンプルに押さえた上で、②のバリエーションを従属項でフォローする形が多くなります。
4-2. 広さと通りやすさのバランス
クレームが広いほど「将来の競合」も広く止めやすくなりますが、先行技術との差が薄くなり、審査では拒絶されやすくなります。
- 広すぎるクレーム:先行技術との差が見えにくく、拒絶理由が出やすい
- 狭すぎるクレーム:通りやすいが、類似品が簡単に逃げられてしまう
このバランスを取るためにも、先行技術調査の結果と、事業として守りたい範囲を踏まえて、弁理士と一緒にクレーム案を詰めていくのが現実的です。
5. 中小企業・スタートアップの現実的な優先順位
大企業のように、十分な時間と予算をかけて公開・調査・クレームをすべて完璧にこなすのは現実的ではありません。中小企業・スタートアップでは、次のような優先順位がおすすめです。
5-1. 最低限押さえておきたいライン
- 公開リスク:試作品・デモの見せ方が「技術の核心」をさらしていないかを確認する
- 先行技術:一般検索&競合確認で、明らかに同じものがないかをざっくり見る
- クレーム範囲:自分たちの頭の中で「核」と「バリエーション」を紙に書き出して整理しておく
5-2. 重要案件でプラスしたい一歩
- 公開リスク:出願前に、試作やデモの見せ方を弁理士に一度チェックしてもらう
- 先行技術:コア技術だけでも専門検索を依頼し、危ない特許がないか事前に把握する
- クレーム範囲:「ここまで取れれば十分」「ここまで取れたら理想」という2段階のゴールを共有する
このように、全部を完璧にやろうとするのではなく、重要度に応じて「どこまでやるか」を決めておくことが、特許出願の費用対効果を高めるポイントになります。
6. よくある質問
Q1. 出願前に、どこまで公開してしまうと新規性喪失になりますか?
A. 目安としては、第三者が「どんな構造・動作・工夫なのか」を推測できる情報が出てしまうと、新規性喪失のリスクが高くなります。逆に、遠景や一部が隠れた写真のように、構造や仕組みが読み取れない範囲であれば、リスクは比較的小さいと考えられます。
Q2. 先行技術調査は、どの段階で弁理士にお願いすべきですか?
A. すべての案件で専門調査をする必要はありませんが、事業の柱になる技術や、海外展開を視野に入れている場合は、出願前に一度は専門家による調査を検討することをおすすめします。自社での簡易チェックをしたうえで、「重要度が高い」と判断したものから弁理士に相談するのが現実的です。
Q3. クレーム範囲は、最初から広く書いておいた方が有利ですか?
A. 広いクレームは魅力的ですが、先行技術との差が見えにくくなり、拒絶理由が増えやすくなります。実務的には、「核となる構成」を押さえたクレームをベースにしつつ、バリエーションは従属項でフォローするなど、広さと通りやすさのバランスを取ることが重要です。
Q4. 試作やUIの段階から相談するメリットはありますか?
A. はい、あります。試作やUIの段階から相談していただくと、特許・意匠・商標のバランスを取りながら、「どこを特許で守り、どこをデザインやブランドで押さえるか」を早めに設計できます。また、出願前の公開リスクやNDAの内容についても、先に整理しておくことができます。
7. 次の一歩
この記事で紹介した3つの線引き(公開・先行技術調査・クレーム範囲)は、すべてを一度に完璧にやる必要はありません。まずは、自社の重要な技術から順番に、「どこまでやるか」を決めていくところから始めてみてください。
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【特許 × 試作】出願前の試作品で「どこまで技術を見せていいか」
└ 出願前の公開リスク(新規性喪失)について、具体例とともに整理した記事です。 -
知財・試作・商標価値評価の総合ガイド
└ 特許・意匠・商標・3D試作・商標価値評価の全体像を整理したい方向けの総合案内です。 -
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└ 出願前の公開リスクや、先行技術調査・クレーム範囲の考え方を、自社の状況に合わせて整理したい方はこちらからご相談いただけます。
この記事を書いた人:弁理士・米田恵太(知育特許事務所)














