「社長個人で取った商標を、そろそろ会社名義に整理したい」 「個人事業主時代の商標を、法人成りに合わせて会社へ移したい」このように、身内(役員・会社)間で商標権を移転させる際、悩むのが「譲渡価格をいくらならいいのか」という点です。
「財布の中身は同じようなものだから、タダ(0円)でもいいだろう」 「登録にかかった実費(十数万円)だけ会社からもらえれば十分だ」安易にそう決めてしまいたくなりますが、そこに税務リスクが潜んでいます。
国税庁の指針では、たとえ社長と会社の間であっても、取引は「時価(適正価格)」で行うことが求められています。 もし「身内だから」という理由で安易に0円や格安で譲渡してしまうと、後から税務調査で「不当な低額譲渡」とみなされ、会社と個人の双方に追徴課税が発生するリスクがあります。
この記事では、「客観的な裏付けのある『適正価格』の算出方法」と、後から価格の根拠を問われた際に困らないための「証拠の残し方」を知財の観点からわかりやすく解説します。
社長個人の商標を「自分の会社」へ安売りするのが、なぜNGなのか?
そもそも、なぜ自分の会社への譲渡価格が厳しくチェックされるのでしょうか。 その根本的な理由は、商標権が「金銭的な価値を持つ重要な資産」だからです。社長個人と会社は、たとえ身内であっても、法律上は「財布が別々の存在」です。
もし、本来価値のある資産を「0円」や「格安」で会社に移した場合、実質的には「社長が会社に、その価値分のお金をプレゼントした(贈与した)」のと同じ状態になります。
通常のビジネスにおいて、理由のないプレゼントは行われません。そのため、価値に見合わない価格での取引は「不自然な利益の供与」とみなされ、結果として以下の2つの課税リスクが生じることになります。
① 会社側のリスク:「得をした分」が利益になる
会社が、本来500万円の価値がある商標を「タダ(0円)」で受け取ったとします。 会社としてはお金を払っていませんが、税務署からは「500万円の現金をタダでもらった(贈与された)」のと同じとみなされます。 会社は現金を1円も受け取っていないにも関わらず、発生した「みなし利益」に対して法人税がかかってしまう(税金分のお金が出ていく)ので注意が必要です。
② 個人側のリスク:本来の価値で「売った」ことにされる
売った社長の方も同様です。「身内だから安くした」という理屈は通らず、客観的な価値(時価)よりも著しく低い価格で法人へ譲渡すると、税務上は「本来の価値(時価)で売った」ものとして計算し直されてしまいます。つまり、「タダで渡した」つもりでも、税務署は「儲かった」とみなして課税してくるため、譲渡代金(現金)を受け取っていないのに多額の税金を支払うことになってしまいます。
商標の「適正価格」はどう決める? 実務上の2つの基準
では、具体的にいくらに設定すれば「適正な価格(時価)」と言えるのでしょうか?
不動産や車と違い、商標には「相場」や「定価」が明確にありません。評価のアプローチは複数存在しますが、今回のケース(同族間での譲渡)において実務上よく検討されるのは、その商標をすでにビジネスで使っているか(売上があるか)」という基準です。ここでは、状況に応じた代表的な2つの考え方をご紹介します。
パターンA:まだ売上がない・使用していない商標
一つ目は、「とりあえず商標登録したが、事業はこれから」「商品開発中」といった、まだ商標による実績がない段階です。
この場合、まだその商標を使って利益を出していないため、「登録にかかった費用以上の価値」は商標に生じていません。そのため、第三者間で取引すると仮定しても、「その商標を取得するのにかかった費用(実費)」と同等額で評価されるのが合理的です。
- 適正価格の目安: [弁理士費用] + [特許庁への印紙代] の合計額
- 対応策: 過去の請求書を集計し、その合計金額で譲渡証書を作成してください。このケースでは、専門家による商標の譲渡価格の算定は不要です。
パターンB:すでに売上・利益が出ている商標
二つ目は、すでにその商標を使った商品やサービスが売れており、利益が出ている段階です。
この場合、その商標にはすでにお客様からの信頼が集まっており、「その名前があるから売れる」という状態になっています。そのため、過去の費用(コスト)ではなく、「その商標が将来いくら利益を生み出すか」を基準に商標の価値(金額)を計算する必要があります。
- 適正価格の目安: 専門的な計算式(収益還元法など)によって算出された金額
- 対応策: 計算には専門知識が必要です。譲渡価格の妥当性を客観的に証明するため、専門家(弁理士など)による商標の譲渡価格の算定をご依頼ください。
「利益相反」となる身内間取引:議事録などに「価格の根拠」を残す方法
適正価格の算出方法(パターンA・B)がわかったところで、次に重要になるのが「その価格が正しいことを、どうやって証拠に残すか」という手続きの話です。
通常、他人との取引であれば、「売り手」と「買い手」の交渉によって価格が決まるため、そこで決まった金額は「適正価格(時価)」として扱われるでしょう。 しかし、交渉がなく、社長の一存で価格を決められる「身内間の取引」の場合は、そうはいきません。
もし、契約書に「譲渡価格 100万円」とだけ書かれていて、その価格の根拠がどこにも残っていないと、仮に税務調査などで「この価格の根拠は何ですか?」と聞かれても、回答が難しくなるでしょう。このような事態にならないために、身内間で商標権を譲渡する際には、「譲渡価格の根拠」を残しておくことが税務リスク対策となります。
また、この取引は「社長個人(売り手)」と「社長の会社(買い手)」の間で行われるため、社長がひとりで「売る値段」も「買う値段」も決められる状態にあります。
このような取引は「利益相反取引」とされ、社長が自分に有利なように価格を操作してしまう恐れがあるため、会社法で「株主総会(または取締役会)で承認を得ること」がルール化されています。この承認を証明する「株主総会議事録」などは、商標権の移転登録をするために特許庁へ原本の提出が必要となるだけでなく、税務調査などでの譲渡価格の根拠にも活用できる資料となります。
そこで重要になるのが、「株主総会議事録」等に記載する承認理由です。 もし議事録に「金100万円で承認する」とだけ書かれていて、その理由が不明確だと税務署からは「社長の言い値をそのまま承認しただけでは?」と疑われる可能性があります。そのため、以下のように「譲渡価格の根拠」を整理しておくことをお勧めします。
- 商標による売上がない場合: 株主総会議事録等に「本件商標に係る事業開始前につき(または本件商標の使用開始前につき)、取得費用の実費相当額で譲渡する」旨を記載します。根拠資料としては、費用の内訳(弁理士費用や印紙代)をまとめた計算メモがあればいいでしょう。
- すでに商標による売上が出ている場合: 株主総会議事録等に「専門家の評価に基づく適正な時価で譲渡する」旨を記載します。そして、その根拠として専門家が作成した商標権価値評価のレポートを保管しておきます。
第三者である専門家が作ったレポートがあれば、それが客観的な証明となり、会社としての「説明責任」をしっかりと果たすことができます。大切なのは、価格の高低そのものよりも、「いつ誰に聞かれても、堂々と説明できる状態にしておくこと」です。
よくある質問
Q1. 「実費(取得コスト)」で商標を譲渡したいのですが、当時の領収書がありません。金額はどう確認すればいいですか?
A. 譲渡する商標の「出願書類」や「納付書」の控えをご確認ください。領収書が手元になくても、特許庁へ提出した書類(願書や商標登録料納付書)の控えがあれば、そこに記載された【手数料の表示】や【登録料の表示】の欄で正確な金額を確認できます。もし控えも見当たらない場合は、現在の特許庁料金などを参考におおよその実費を算出できます。
Q2. 商標の「譲渡価格の算定(評価)」をお願いできますか?
A. はい、もちろんです。商標の「譲渡価格の算定」の依頼も歓迎しております。「譲渡価格の適正な価格がわからない」「譲渡価格の根拠となる資料がほしい」という場合にご活用ください。商標の専門家である弁理士が算出した「客観的な譲渡価格」があれば、株主総会での承認や税務調査などで価格の妥当性を証明する「根拠資料」として活用いただけます。
Q3. 商標権の名義変更(移転登録)の手続きもお願いできますか?
A. はい、可能です。弊所では、譲渡価格のアドバイスや評価書の作成だけでなく、特許庁への移転登録申請(名義変更)までワンストップで代行可能です。商標権の譲渡契約書作成などのサポートも行っておりますので、まずはお気軽に無料相談をご利用ください。
まとめ
商標権の適正な譲渡価格は、現在その商標を使って「売上(利益)が発生しているか」によって決まります。
- 【商標の使用前・売上なし】 👉 実費での譲渡が一般的です。根拠となる費用の明細(領収書等)を整理しておきましょう。
- 【商標の使用中・売上あり】 👉 実費での譲渡はリスクがあります。商標権の客観的な評価額(時価)を算出し、譲渡価格の根拠資料を用意する必要があります。
「うちは評価書を作る必要があるの?」「どうやって根拠を残せばいい?」と迷われている方は、弊所の無料相談をご利用ください。 状況を伺い、「評価書を作るべきか、作らなくていいか」などをアドバイスいたします。
※本記事に関する免責事項:本記事は、商標権移転に伴う一般的な価値評価の考え方を解説したものです。実際の税務申告における課税の有無や具体的な税務処理については、必ず税理士にご確認ください。
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この記事を書いた人:弁理士・米田恵太(知育特許事務所)












