特許権や商標権を他社に譲渡したり、相続や合併があったり、会社の住所・名称が変わったときには、特許庁に対して「移転登録」の手続きを行う必要があります。本記事では、特許・商標の移転登録の基本から、手続きの流れ、原因ごとの必要書類、実務上の注意点までを弁理士の立場から整理して解説します。
「特許権の移転登録申請書はどう書けばいいのか」「商標権の譲渡をしたが、原簿の住所が古いままで大丈夫か」など、不安になりやすいポイントも多い手続きです。記事を読みながら、ご自身で対応できる部分と、専門家に任せた方がよい場合をイメージしていただければと思います。
特許や商標の移転登録とは?いつ手続きが必要になるか
特許権や商標権などの権利は、売買や相続、合併などにより、元の権利者から別の人へ移転することがあります。このような場合には、実際の権利の移転に合わせて、特許庁の登録原簿上の名義も変更する必要があります。この手続きが「移転登録」です。
代表的には、次のようなときに移転登録が必要になります。
- 特許権・商標権を売買や譲渡契約により移転したとき
- 権利者が亡くなり、相続人に権利を承継させるとき
- 会社の合併などにより、権利を包括的に承継したとき
- 会社の住所や名称が変わり、登録原簿の記載と現状が食い違っているとき(表示変更登録)
移転登録を行わないままにしておくと、第三者に対して新しい権利者を主張しにくいなどの問題が生じます。そのため、権利の譲渡や承継が決まった段階で、移転登録の手続きもセットで検討しておくことが重要です。
特許や商標の移転登録の手続きの流れ(全体像)
特許や商標の移転登録の手続きは、おおまかに次のような流れになります。
- 移転させる権利の登録原簿を確認する
- 移転登録申請書を作成する
- 移転の原因を証明する書面を準備する(譲渡・相続・合併などの証拠)
- 原簿の住所・名称が現状と違う場合は表示変更登録申請書を作成する
- 弁理士など代理人に依頼する場合は委任状を作成する
- 不備がないように揃えたうえで特許庁に提出し、移転登録を受ける
以下では、上記①~⑥の内容に沿って、それぞれのステップをもう少し詳しく見ていきます。
1. まずは登録原簿を確認する
特許権や商標権などの権利の移転登録をする場合は、最初に移転させる権利の登録原簿を確認することから始めます。現在の登録名義や住所・名称などが、現状と合致しているかを把握しておくことが重要です。
① 登録原簿を確認するために閲覧請求か交付請求をする
特許権や商標権などの権利の移転登録をする前に、ファイル記録事項の閲覧(縦覧)請求書か、ファイル記録事項記載書類の交付請求書を作成して特許庁に提出し、移転させる権利の登録原簿を確認します。
② 登録原簿の内容を確認する
特許や商標などの出願をして特許権や商標権などの権利が認められると、特許庁に備わる登録原簿に登録されます。その後、登録原簿に登録された権利に関して変更があると、その内容に応じた登録が行われます。
登録原簿に登録された権利者の住所や名称などが、現在の権利者の住所や名称などと合致していない状態で権利の移転登録をしても、移転登録が認められない場合があります。
そのため、登録原簿に登録された権利者の住所や名称など(登録原簿の甲区に関する記載)が現在のものと合致していない場合には、表示変更登録申請書の提出が必要です。登録原簿を確認して、表示変更登録申請書の提出が必要かどうかをチェックします。
2. 移転登録申請書を作成する
移転させる権利について移転登録申請書を作成します。具体的には、権利を譲り渡す人と権利を譲り受ける人の住所や名称などを記載するとともに、登録免許税の額を確認し、収入印紙を貼り付けます。
登録免許税としては、合併・相続による一般承継での移転登録申請の場合には、特許と商標いずれも1件につき3,000円です。一般承継以外の原因による移転登録申請の場合には、特許が1件につき15,000円で、商標が1件につき30,000円です。
3. 移転登録の原因を証明する書面を準備する
移転登録の原因を証明するための書面として、例えば、権利の移転があったことを示す書類などを準備します。相続・合併・譲渡など、原因ごとに必要な書類が異なります。
相続により権利が移転する場合
相続により権利が移転する場合は、権利を持っていた人が亡くなった事実を証明する書類(戸籍謄本)と、相続人であることを証明する書面(相続の資格を有する人全員の記載がある戸籍謄本)を準備します。
戸籍謄本に記載の相続人の住所と、移転登録申請書に記載の相続人の住所が違う場合には、戸籍謄本の相続人と申請書に記載の相続人が同一であることを証明するために、住民票の添付も必要です。
合併により権利が移転する場合
合併により権利が移転する場合は、合併の事実を証明する書面として、合併の事実の記載がある登記事項証明書又は閉鎖登記事項証明書を準備します。
特定承継(譲渡)により権利が移転する場合
相続や合併による一般承継以外の原因で権利が移転する場合は、譲渡証書の作成が必要となります。特許権・商標権の譲渡契約書を準備し、その内容に基づいて移転登録の原因を記載します。
4. 原簿が現在と一致しない場合は表示変更登録申請書を作成する
登録原簿に登録された権利者などの住所や名称などが、現在のものと合致していない場合には、表示変更登録申請書を作成します。例えば、会社の住所変更や商号変更があった場合などが該当します。
5. 弁理士などの代理人を使う場合は委任状を作成する
弁理士などの代理人を利用する場合には、委任状が必要となります。弁理士などの代理人を利用する場合には、上記の申請書類や必要な書類については代理人の方から指示があるため、代理人の指示に従って必要な書類などを準備しましょう。
移転登録にかかる登録免許税(費用の目安)
移転登録をする際には、原因ごとに登録免許税が必要になります。概要は次のとおりです。
- 合併・相続などの一般承継による移転登録
特許・商標ともに、1件につき3,000円 - 譲渡など一般承継以外の原因による移転登録
特許:1件につき15,000円/商標:1件につき30,000円
実務では、これに加えて弁理士等に依頼する場合の手数料が発生します。案件の数や複雑さによっても変わるため、外部に依頼する場合は、見積もりの段階で「登録免許税+手数料」の総額を確認しておくと安心です。
各申請書類の作成で気を付けるべきこと
申請書類を作成する際には、いくつかの実務的な注意点があります。
会社名の変更により表示変更登録申請書を作成する場合は、変更後の会社名が印影に表示される印鑑で表示変更登録申請書に捺印をしなければなりません。弁理士などの代理人を利用する場合に作成する委任状も、同様に変更後の会社名が印影に表示される印鑑で捺印する必要があります。
また、会社に権利を移転させる場合には、各申請書類には通常、商業登記簿に登録されている会社の代表者印を押印します。近年はオンライン手続きや押印省略の運用も広がっており、どの書類にどこまで押印が必要かは制度改正や運用によって変わる部分があります。本記事では紙の典型的な手続イメージを前提としているため、実際に手続きを行う際は、最新の手引きや専門家への確認をおすすめします。
実務でよく問題になるパターン(利益相反行為など)
特許権や商標権の移転は、誰から誰へ移すかによっては会社法上の「利益相反行為」に該当することがあります。例えば次のようなケースです。
- 会社から、その会社の代表取締役個人への譲渡
- 代表取締役が両方の会社の代表を務めるグループ会社間の譲渡
このようなケースでは、会社にとって不利益な取引と評価されないよう、取締役会や株主総会の承認を得たうえで、その議事録や登記事項証明書を移転登録の添付書類として求められることがあります。会社内部のガバナンスや、従業員に対する不利益処分との関係など、会社法・労働法にまたがる論点も含まれるため、「経営者本人と会社との間で権利を動かす」場合には、事前に専門家へ相談しておくことをおすすめします。
よくある質問
Q1. 特許権や商標権の移転登録はいつ必要になりますか?
特許権や商標権を譲渡したり、相続や合併で承継したりした場合には、できるだけ早い段階で移転登録をしておくことが望ましいです。登録原簿上の名義が古いままだと、新しい権利者を第三者に主張しにくくなるほか、ライセンス契約や担保設定の際にも支障が生じることがあります。
Q2. 登録原簿の住所や名称が現在と違う場合はどうすればよいですか?
登録原簿に記載された住所・名称と現在のものが異なる場合には、移転登録とは別に「表示変更登録申請書」を提出する必要があります。表示変更をせずに移転登録だけ行おうとしても、手続きが受理されないことがあるため、原簿の内容を確認したうえで必要な申請をセットで行うことが重要です。
Q3. 移転登録の際に必要な書類にはどんなものがありますか?
共通して必要になるのは、移転登録申請書と、移転の原因を証明する書面です。相続の場合は戸籍謄本や住民票、合併の場合は登記事項証明書、譲渡の場合は譲渡証書や譲渡契約書などが該当します。さらに、住所・名称変更がある場合は表示変更登録申請書、代理人を利用する場合は委任状も必要になります。
Q4. 特許権・商標権の移転登録にかかる登録免許税はいくらですか?
登録免許税は、原因によって金額が変わります。合併・相続などの一般承継による移転登録は、特許・商標ともに1件につき3,000円です。譲渡など一般承継以外の原因による移転登録では、特許が1件につき15,000円、商標が1件につき30,000円となります。これとは別に、弁理士等に依頼する場合の手数料が発生します。
Q5. 移転登録の手続きを自分で行っても大丈夫でしょうか?
権利の数が少なく、移転原因もシンプルな場合は、ご自身で手続きを進めることも可能です。ただし、相続人が複数いるケースや、特許・商標が多数にわたるケースでは、必要書類や記載方法が複雑になりがちです。迷う点がある場合は、弁理士などの専門家に一度相談し、どこまで自分で対応するかを一緒に整理するのがおすすめです。
移転登録のやり方を確認した上で手続きを進めてみよう
ここまで見てきたとおり、移転登録の手続きをするには、まずは登録原簿を確認して必要となる書類を把握し、そのうえで移転登録申請書や移転登録の原因を証明する書面を準備します。また、必要に応じて表示変更登録申請書も作成します。
移転登録の手続きが面倒な場合には、弁理士などの代理人に依頼して移転登録の手続きを代理してもらうこともできます。この場合には別途委任状が必要になりますが、必要な書類については代理人から具体的な指示があるため、指示に従って資料をそろえていけば大丈夫です。
なお、権利の相続人が複数存在したり、移転する権利の数が多かったりする場合には、移転登録に関する手続きが複雑となり、どのような書類を準備すればよいのか分からなくなりがちです。
移転登録の手続きに関して不明な点や分からない点などがありましたら、当サイトの無料相談をご活用下さい。
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この記事を書いた人:弁理士・米田恵太(知育特許事務所)










