「夕張メロンや市田柿みたいな“地域ブランド”を守る制度ってあるの?」「地理的表示保護制度のメリット・デメリットをざっくり知りたい」──そんな疑問から、このページにたどり着いた方が多いと思います。
地理的表示(GI:Geographical Indications)は、「どこで作られたか」という産地と、「味・品質」とが強く結びついている産品の名称を守る仕組みです。日本では「地理的表示保護制度」により、こうした名称を知的財産として登録できます。
本記事では、
- 地理的表示とは何か(夕張メロン・市田柿などの具体例)
- 地理的表示保護制度のメリット・デメリット
- 商標・地域団体商標との違い
- 登録申請の流れと、認められるための主な条件
を、地域ブランドを守りたい生産者団体・自治体の方向けに整理して解説します。
1. 地理的表示とは?(夕張メロンなどの例)
地理的表示とは、「産品の名称から生産地を特定でき、その生産地ならではの特性が、産品の品質などと結び付いている名称の表示」のことです。代表的な例が、北海道の「夕張メロン」や、長野県の干し柿である「市田柿」です。
英語では Geographical Indications と呼ばれ、日本でも略してGI・GI表示と表現されることがあります。
1-1. 地理的表示の代表例
夕張メロン
夕張メロンを栽培する北海道夕張市は、昼夜の気温差が大きいことや、火山灰土壌で水はけがよいことなど、生産地ならではの特徴があります。こうした環境条件により、特有の風味や食感をもつメロンが生み出されます。
このように、生産地の特性とメロンの品質が強く結び付いているため、夕張メロンは地理的表示として登録されています(登録番号第4号)。
市田柿
干し柿で有名な市田柿は、長野県下伊那郡高森町が発祥の地とされる市田柿を原料とし、下伊那郡などの地域で作られます。これらの地域は、原料となる柿や干し柿の製造に適した気候・環境が整っており、高品質の干し柿が生み出されます。
市田柿もまた、生産地の特性と干し柿の品質が結び付いているため、地理的表示として登録されています(登録番号第13号)。
2. 地理的表示保護制度とは
地理的表示保護制度とは、夕張メロンや市田柿のように、地域に根ざした農林水産物などの産品の名称を、産品の品質基準とともに登録し、登録基準を満たした産品だけに地理的表示を使わせることで、地域ブランドを保護する制度です。
登録が認められると、「産品名+品質基準」セットで国に登録され、一定の品質を満たした産品だけが、その名称やGIマークを使えるようになります。
2-1. 地理的表示保護制度のメリット
主なメリットは、次の3点です。
- 行政が不正使用を取り締まってくれる
- 更新費用が不要
- GIマークにより、同種の産品との差別化がしやすい
(1)行政が不正使用を取り締まる
地理的表示として登録された名称を不正に使う事業者がいる場合、行政が取り締まりを行います。
類似の仕組みとして商標制度がありますが、商標の場合は、一般的に商標権者自身が、不正使用者に対して差止めを求めたり、裁判を行ったりする必要があります。地理的表示では、そうした手間や費用を行政が肩代わりしてくれる点が大きなメリットです。
(2)地理的表示の更新費用が不要
商標権を維持するには、一定期間ごとに更新登録料を支払う必要があります。一方、地理的表示保護制度では更新費用が不要です。
適切な品質管理などの条件を満たし続ける限り、長期的にコストを抑えながら地域ブランドを守れる点が特徴です。
(3)GIマークで市場での差別化がしやすい

登録された地理的表示に関する産品には、品質が保証された産品であることを示す「GIマーク」を表示できます。
GIマーク付きの産品を市場に流通させることで、同じカテゴリーの産品との違いを分かりやすく伝えやすくなり、価格差・ブランド差別化を図りやすくなる点も重要なメリットです。
2-2. 地理的表示保護制度のデメリット・注意点
一方で、地理的表示保護制度には次のようなデメリット・注意点もあります。
- 産品の品質管理を継続的に行う必要がある
- 不正使用に対して自力で柔軟に対応することはできない
- 登録のための申請書類作成が大きな負担になりうる
- 申請団体に加入していない老舗などが、GIマークを使えないケースもある
(1)登録維持のために産品の品質管理が必要
地理的表示として登録された産品については、適切な品質管理を行っていることや、地理的表示・GIマークを正しく使っていることなどを、年に1回以上国に報告する義務があります。
適切な品質管理などが行われていない場合には、地理的表示の登録が取り消される可能性もあります。
(2)不正使用に対して自力で対処できない
地理的表示保護制度では、登録が認められた地理的表示を不正に使う者がいても、権利者側が直接差止めをすることはできず、国の取り締まりを待つ必要があります。
迅速な対応・柔軟な交渉という点では、自ら警告や訴訟を行える商標制度の方が向いている場面もあります。
(3)登録のための申請書類作成が負担になりうる
地理的表示の登録を受けるには、申請人や産品・名称などに関する条件を満たした申請書類に加えて、生産行程管理業務規程などの添付書類を作成する必要があります。
生産行程管理業務規程とは、生産者の生産方法の確認・検査・指導などの業務や、その実績を国に報告する業務に関する規程です。これらを整備するため、生産者団体の負担が一定程度発生する点はデメリットといえます。
(4)八丁味噌のように老舗がGIマークを使えないケースも
地理的表示の登録申請を行うには、申請者が生産者団体であることが必要です。登録が認められると、その団体に加入している事業者が、地理的表示やGIマークを使用できるようになります。
一方で、愛知の八丁味噌のように、登録申請を行った生産者団体に老舗が加入していないため、老舗であってもGIマークを使えないといった問題が生じる場合もあります。
3. 商標・地域団体商標との違い
地域ブランドを守る制度としては、地理的表示保護制度のほかに「商標」「地域団体商標」があります。それぞれの違いをざっくり整理すると、次のようなイメージです。
- 商標:個別企業・団体のブランド名やロゴを守る権利。更新料を払い続ける限り、特定の権利者が独占的に使用できる。
- 地域団体商標:商標の一種。「地名+商品・サービス名」などを、商工会・農協などの団体が登録する制度(例:◯◯牛、◯◯温泉 など)。
- 地理的表示(GI):地域に根ざした農林水産物などの産品の名称+品質基準をセットで登録し、一定の品質を満たした産品だけに名称・GIマークを使わせる制度。
簡単にいうと、
- 「名前そのもの」を独占したい → 商標・地域団体商標
- 産地と品質基準をセットにして、「その地域の産品」として信頼を高めたい → 地理的表示
という役割分担になります。実務上は、商標と地理的表示を組み合わせて使うケースもあり得ます。
4. 地理的表示の登録申請の流れと主な要件
地理的表示の登録を受けるには、申請書と生産行程管理業務規程などの添付書類を作成し、農林水産省 食料産業局 知的財産課に提出します。
4-1. 申請書類と添付書類を作成する
申請にあたっては、次のような書類を作成します。
- 申請書:登録しようとする地理的表示に関する産品の品質などの基準を記載
- 生産行程管理業務規程:生産方法の確認・検査・指導、国への報告などの業務内容を定めた規程
- 生産行程管理業務規程を実施できる体制を示す資料 など
生産行程管理業務規程では、産品が適切に生産されるよう、生産者の生産方法・検査・指導などのルールや、その実績報告の方法を定めます。
4-2. 申請書類を農林水産省に提出し、審査を受ける
作成した申請書と添付書類を、農林水産省 食料産業局 知的財産課に提出します。その後、学識経験者からの意見聴取や審査を経て、問題がなければ登録されます。登録までには、早くても6ヶ月程度かかるとされています。
4-3. 登録が認められるための主な条件
地理的表示として登録が認められるには、主に次の3つの観点で条件を満たす必要があります。
- 生産者団体に関する条件
- 産品に関する条件
- 名称に関する条件
(1)生産者団体に関する主な条件
地理的表示の登録を申請する者は、生産者団体である必要があります。また、申請時には、生産行程管理業務規程に加えて、その規程を実施できる人員体制などを示す資料も添付します。
(2)産品に関する主な条件
登録を受けようとする産品は、同種の他の産品と差別化できる特徴を有している必要があります。また、その特徴と生産地の特性とが結び付いていることが必要です。
例えば、生産地特有の気候条件や、地域に伝承された製法などによって特有の品質が生み出されている、といった関係が求められます。
(3)名称に関する主な条件
地理的表示として登録を受けられる名称は、産品の生産地が特定できる名称であり、その産品の特徴と生産地との結び付きが分かる名称である必要があります(例:夕張メロンなど)。
また、目安としておおむね25年以上使用されている名称であることが求められます。なお、名称に地名を含まない場合でも、条件を満たせば地理的表示として登録されることがあります。
5. まとめ:地理的表示保護制度で地域ブランドを守れるか検討しよう
地理的表示保護制度により登録が認められると、生産地と結び付いた産品の名称が、品質基準とセットで国に登録されます。登録された基準を満たした産品だけが、地理的表示やGIマークを使えるため、地域に根ざした産品のブランドを守りやすくなるのが特徴です。
一方で、品質管理の負担や、申請書類作成の手間、老舗であってもGIマークを使えないケースがあり得るなど、注意すべき点もあります。また、「ブランド名を独占したい」のか、「地域全体の産品として品質を保証したい」のかによって、商標・地域団体商標との使い分けも必要です。
地域に根ざした産品のブランドをどう守るべきか迷っている場合は、
- 地理的表示が向いているのか
- 商標・地域団体商標との組み合わせがよいのか
- そもそも登録要件を満たせそうか
といった点を整理するところから始めるのがおすすめです。
地理的表示の登録や地域ブランドの保護方法についてお困りの際は、専門の弁理士への相談も検討してみてください。
次の一歩
- 知財・試作・商標価値評価の総合ガイド: 地理的表示だけでなく、商標・地域団体商標・意匠など 他の選択肢も含めて「全体像」を整理したい場合はこちら。
- 商標価値評価|RFR法の基礎と実務ガイド(まとめ): 将来のライセンスや事業承継を見据えて、 地域ブランドや名称の「価値をどう見るか」を押さえたいときに役立つガイドです。
- 無料相談(30分): 地域ブランドを「GI・商標・地域団体商標のどれで守るか」や、 申請主体・スケジュール感を個別事情に合わせて整理したい場合にご相談ください。
この記事を書いた人:弁理士・米田恵太(知育特許事務所)









