「他社が持っている特許を買い取れないか、社内で検討しています。ただ、その特許を使った製品がいくら売れているのかは、相手の会社のことなので分かりません。それでも、買い取る金額の目安は立てられますか?」──特許の評価額は、その特許を使った製品の売上から算出します。ただ、その製品の売上は、公開されないことが一般的です。
製品の売上が分からないなら相手に聞けばよさそうですが、聞くには理由を伝える必要があります。相手の特許が使われている製品について売上を教えてほしいと頼めば、狙いがその特許にあることは透けて見えます。そうなると相手は、その特許を手放してよいものかを考え直しますし、売るとしても、欲しがっている相手がいると分かった上での条件になります。
そこで、相手には聞かずに、公開されている情報だけで特許の評価額を出せないか、という話になります。結論から言えば、特許の評価額は出せます。ただし、製品の売上は公開されていないので、どれ位の売上なのかを見立てることになります。見立てた売上が変われば評価額も変わるため、評価額はひとつの数字には定まりません。
その代わり、評価書(評価額の算定の根拠と結果をまとめた文書)では、見立てた売上を明かしたうえで、見立てが変わると評価額がどこまで振れるかをあわせて示します。本記事では、この見立てを組み立てるのに使える、①信用調査会社の企業情報、②公表されたロイヤルティ料率(売上の何%を使用料とするか)の統計、③特許公報と登録原簿の3つに分けて、どこで手に入り、使う前に何を確かめるかを説明します。特に料率の統計は、そのまま使うと評価額が大きくずれることがあります。統計のどこを確かめてから使えばよいかも、特許の価値評価に携わる弁理士の立場から解説します。
① 信用調査会社の企業情報──全社の売上高
帝国データバンク・東京商工リサーチといった信用調査会社が保有している企業情報を取り寄せると、非上場企業であっても売上高や従業員数などのデータが得られることがあります(収録している項目は会社によって異なる場合もあります)。
上場企業であれば公開されている有価証券報告書から売上高などの情報を取得できますが、非上場の企業だとそうはいきません。そこで、信用調査会社が保有している企業情報に目当ての会社の売上高などがないか確認することになります。
信用調査会社から入手した企業情報を使うときには、主な注意点が2つあります。
- 得られるのは全社の売上高──信用調査会社から入手できるのは、一般的に全社の売上高です。特許の価値を評価するには、全社の売上高から特許を使った製品の売上高を切り出す必要があります。
- 売上高の粒度──信用調査会社の企業情報では、売上高の欄が百万円きざみになっていることがあります。「23」とあれば2,300万円という意味で、実際が2,310万円でも2,340万円でも同じ「23」と表示されます。そのため、取得できる売上高の精度に限界があります。
② 公表されたロイヤルティ料率の統計──使う前に確かめること
売上の次に必要なのは、その売上のうち何%を特許の使用料とみるかです。特許を他社に使わせる(ライセンスする)ときの使用料は、製品の売上の何%という形で決めるのが一般的で、この割合を料率と呼びます。特許を買い取る場合も、特許がいくら稼いでいるかを測る物差しとして、この料率を使います。
問題は、この料率をどこから持ってくるかです。相手がその特許をすでに他社にライセンスしていれば、実際にライセンスしている料率が参考になることもあります。ただ、ライセンス契約の中身は外部の人間には分かりません。それに、他社にライセンスしていない特許のほうが多く、その場合は参考にできる契約がそもそもありません。そこで、公表されている統計から、対象の特許に近い分野の料率を持ってきます。その統計が、経済産業省の「ロイヤルティ料率に係るアンケート調査結果」(2025年3月)です。企業などへのアンケートをもとに、技術分野ごとに料率がどのあたりに集まっているかを示しています。
この調査を見ると、全体と、技術分野の大分類(国際特許分類の8つの大分類。A〜H)ごとに、例えば次のようなデータが得られます。
- 全体──有効回答452件・平均3.17%・中央値3.0%
- A 生活必需品──102件・中央値3.0%
- G 物理学──63件・中央値3.0%
- H 電気──46件・中央値2.45%
(出典:経済産業省「ロイヤルティ料率に係るアンケート調査結果」2025年3月、集計表『全体』)
同じ集計表には、料率が何%のものが何件あるかも載っています。全体452件の内訳はこうです(各帯は下限を含み上限を含みません。3.0%ちょうどは3〜4%の帯です)。
- 1%未満──35件(8%)
- 1〜2%──73件(16%)
- 2〜3%──61件(13%)
- 3〜4%──152件(34%)
- 4〜5%──39件(9%)
- 5%以上──92件(20%)
ここで大事なのは、中央値そのものより散らばり方です。いちばん多い3〜4%でも全体の34%にとどまり、1%未満が8%、5%以上が20%を占めています。
3〜4%に入るのは3件に1件で、残りの3分の2はその外にあります。特許の評価額をひとつの数字でなく幅で示すのは、この散らばりがあるからです。
なお、回答452件のうち156件は大学・公立研究所からのものですが、企業だけで集計しても中央値は3.0%で変わりません。同じ集計表には企業規模別の数字もありますが、小企業(従業員99名以下)は5件しかありません。5件しかない料率の中央値は、料率の高い回答がたまたま1件あるだけで高めにでてしまいます。特許の評価額を算出する際の料率に全体452件の中央値3.0%や大分類ごとの中央値を使うのは、回答数が十分にある区分だからです。
同調査の集計表『調査概要および結果の見方』には【調査結果の留意点】が9項目挙げられています(実際に使う前に一度目を通してください)。ここでは、料率を使うときに見落とされやすい前提を3つ取り上げます。
非独占を想定した水準である
この調査の【調査結果の留意点】には、「通常実施権によるライセンスを想定のうえ回答」と明記されています。通常実施権とは、同じ内容の許諾を他社にも与えることができるライセンスです(特許法78条)。つまり、調査全体452件の中央値3.0%は非独占の水準で、独占的なライセンスをした場合の値ではありません。
特許の買い取りは、ライセンスを受けるのではなく、権利そのものを手に入れる取引です。権利者になれば、その特許を使えるのは原則として自分だけ、つまり独占です。独占なら他社は使えないので、その分だけ料率も高くなるはずだ、という考え方もあります。独占的なライセンスの場合の料率を集計した表もありますが、分野ごとに回答数の開きが大きく(多い分野で40件台、少ない分野は数件)、非独占の料率よりどれだけ高いのかを、この表から読み取ることはできません。
このように、分野によっては独占的なライセンスの回答が数件しかないので、特許の評価額を算出する際には非独占の料率をそのまま使うのが現実的です。その場合の評価額は、買い取りとしては控えめ側の値になります。ただし、独占的なライセンスをした場合の料率についての客観的な根拠を示せるなら、非独占の料率に上乗せした料率を採用しても構わないでしょう。
区分名が実態とずれることがある
経済産業省の統計では、技術分野の大分類(A〜H)ごとに料率データがあるため、料率を検討したい特許がA〜Hのどれに入るかを選ぶことになります。先ほどの「A 生活必需品」「G 物理学」「H 電気」がその区分で、経済産業省の調査は国際特許分類(技術内容によって特許を分類する国際的な体系)の8つの大分類をそのまま使っています。
国際特許分類は、たとえば加熱も冷却も同じ「熱を扱う技術」として扱うため、冷凍・冷却の技術は大分類F「機械工学・照明・加熱・武器・爆破」に入ります。そのため、技術分野を選ぶときは、「機械工学・照明・加熱・武器・爆破」のような大分類の名前で判断せず、特許の技術が国際特許分類のどこに入るかを検討する必要があります(特許公報に記載された国際特許分類が手がかりになります)。
料率は会社全体の売上に掛けるものではない
特許の評価額を算出する際に、料率を掛けるのは、会社全体の売上高ではありません。評価する特許が使われている製品の売上、製品の一部にしか特許が使われていなければその一部の分の売上に料率を掛けます。経済産業省の【調査結果の留意点】にも、料率は「特許が使われている一番小さい売り物の単位(最小販売可能特許実施単位)」の売上に対する割合として回答されたものだと明記されています。
③ 特許公報と登録原簿──権利の中身と、残っている期間
全社の売上高と、その売上に掛ける料率がわかったら、残るは特許そのものの情報です。特許公報には特許請求の範囲(その特許が独占できる技術の範囲を文章で書いた部分)が載っています。ここを読めば、その特許で何を独占できるのかが分かります。
- 特許公報──登録された特許の内容が載っている文書。ここで読めるのは登録時点の特許請求の範囲で、登録後に訂正(権利者が特許請求の範囲などを修正する手続)されていれば、変わっている可能性もあります。訂正があった場合は、訂正公報で現在の内容を確認します。
- 経過情報(J-PlatPat)──出願後の手続の記録。訂正の有無のほか、登録日・特許料の納付状況・存続期間の満了日もここで分かります。
- 登録原簿──特許庁が管理する権利の公式の記録。相手が本当に権利者か、ほかに共有者がいないか、質権(借金の担保)や専用実施権(他社だけに使わせる権利)が付いていないかが分かります。これらの有無は評価額に影響します。専用実施権が付いた特許も買い取れますが、特許を買ったあとも専用実施権は残ります。専用実施権者が実施する権利を専有するのは、設定行為で定めた範囲内です(特許法77条2項)。そのため、設定されている地域・期間・内容によって、買い手が得られるものが変わります。全範囲・全期間に及ぶ場合は、手に入るのは専用実施権者から入る使用料が中心になり、特許の評価額もその分が中心になります。共有者がいるなら、買い取れるのは相手の持分だけで、評価額もその分だけです。しかも持分の譲渡には他の共有者の同意が要るので、同意が得られなければ買い取れません。質権が付いていれば、担保に取られた借金が返されないときに、買ったあとで権利を失うこともあります。原簿は誰でも特許庁に交付を請求できるので、評価を依頼する前に取り寄せておくと確実です。
特許の中身を確認したら、次は特許の権利があと何年残っているかを見ます。特許の評価額は、特許の収益が見込める年数の分だけ積み上げて算出するからです。特許の権利が切れれば誰でもその技術を使えるので、収益が見込めるのは長くても権利が残っている期間までです。たとえば権利が残っている期間が3年しかなければ、どれだけ収益が見込めても3年で打ち切りです。一方で、技術の入れ替わりが早い分野では、収益が見込める期間を権利が残っている期間より短く設定することもあります。
あわせて読みたい:特許価値評価の3つの手法(インカム・コスト・マーケット)を比較|どう使い分けるか
よくある質問
Q. 相手に特許製品の売上データを聞いてもよいのでしょうか。
A. 段階によります。相手に特許を買い取りたいと切り出す前は、特許製品の売上を聞くこと自体が狙いを伝えてしまうので、本記事のように公開情報で見立てます。特許を買い取りたい旨を切り出したあとであれば、売上の共有を求めることもあります。売上を共有してもらえるならば特許の評価額の精度は高まります。
ただし、実際に売上を教えてもらうには、秘密保持契約を結ぶかどうかや、相手が競合であればどこまで数字をやり取りしてよいかを、事前に決めておく必要があります。交渉の初期には、相手が数字を出さないことも珍しくありません。
まず公開情報で評価額を出し、いくらまでなら出せるかを決めてから交渉に入ります。相手から売上を教えてもらえたら、その売上で置き直して評価額を確かめることもできます。相手に売上を求めるかどうかは、交渉の状況によります。
Q. 経済産業省の統計の料率をそのまま使ってよいのでしょうか。
A. 統計データの前提条件を理解した上でなら十分に使えます。たとえば経済産業省の統計では通常実施権(非独占)を想定した水準ですので、権利そのものを買い取る取引に当てはめると控えめな評価額になりやすい傾向があります。なにより、料率を掛けるのは会社全体の売上ではなく、特許が使われている一番小さい売り物の単位の売上です。ここを取り違えると、評価額は何倍にもずれます。
また、技術分野別の料率を採用する際は、回答件数を確認することが重要です。回答件数が少ない区分の数値をそのまま採用すると、少数の回答(外れ値)に引きずられてしまい妥当な評価額にならないことがあります。
まとめ
特許の評価額は、その特許を使った製品の売上から出します。その製品の売上を公開情報から見立てれば、特許を買い取りたいと切り出す前の段階でも、特許の評価額の目安は出せます。製品の売上を見立てるぶん、評価額はひとつに定まらず、見立てが変われば動きます。この評価額の目安を出すために集める公開情報が、次の3つです。
- 信用調査会社の企業情報──全社の売上高。ただし製品別の売上は開示されていないので、そのままでは使えません。
- 公表されたロイヤルティ料率の統計──売上の何%を使用料とみるか。全体の中央値3.0%。分野別に使うときは回答件数も見る。
- 特許公報と登録原簿──権利の中身と、あと何年権利が残っているかを確認する。
ロイヤルティ料率の統計を使うときは、見落としやすい前提が3つあります(非独占が前提=買い取りでは控えめな評価額になる傾向・区分名が実態とずれる・料率を掛けるのは会社全体の売上ではない)ので、注意が必要です。
集めた公開情報から評価額がどう組み立てられ、出来上がった評価書が社内でどこまで使えるかは、「他社特許の価値評価は、相手の内部情報がなくても頼めるか」に記載してあります。
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参考文献
- 経済産業省「ロイヤルティ料率に係るアンケート調査結果」2025年3月(株式会社野村総合研究所・株式会社帝国データバンク/集計表『調査概要および結果の見方』『全体』『各種分類ごとの料率分布』)
- 特許法(昭和34年法律第121号)73条1項、77条2項・3項、78条、126条1項
この記事を書いた人:弁理士・米田恵太(知育特許事務所)














