「他社の特許が邪魔で事業が動かない」「明らかに昔からある技術なのに、なぜか特許が通ってしまっている気がする」──そんなときに検討できるのが、いわゆる「特許を潰す」ルートです。
厳密には「特許を消滅させる/無効にする」手続であり、感情的に相手を攻撃するものではありませんが、事業戦略上どうしても避けて通れない場面もあります。
この記事では、弁理士の立場から、他人の特許を潰すときの考え方と手順を、次の流れで整理します。
- 潰したい特許の内容を把握する(特許公報の確認)
- 出願日前に公開されている「同じ/似た」発明を探す(先行技術調査)
- 見つかった発明で本当に潰せるか検討する
- 特許異議申立・無効審判など、どの手続を使うか決める
「本当に無効にできる可能性があるのか」「自社でどこまで調べるべきか」を検討する際の、たたき台として使っていただければと思います。
他人の特許を潰すための手順
他人の特許を潰すためには、潰したい特許の特許公報から出願日と特許請求の範囲(特許が認められた発明が書かれた文章)を確認し、同じか似た発明が出願日前に公開されていないかを調査します。そのうえで、見つかった発明で本当に潰せるのかを検討し、特許庁への手続き(特許異議申立・特許無効審判)に進みます。
1. 潰したい特許の特許公報を確認する
例えば、既に権利が消滅しているキューピー株式会社の特許第3592302号の特許を仮に潰そうとするなら、特許公報から出願日と特許請求の範囲(特許が認められた発明が書かれた文章)を確認します。
特許公報には、出願日が2002年2月13日、【特許請求の範囲】に【請求項1】卵殻微粉末を添加してなるとろろ芋。と書かれており、卵の殻の粉末を入れたとろろ芋の発明について特許が認められていたことが確認できます。
なお、潰したい特許の特許公報の調べ方については、他人の特許に抵触しているかを簡易に判断するためのポイントの記事を参考にして下さい。
2. 潰したい特許の発明と同じか似た発明を探す
潰したい特許の発明を確認したら、潰したい特許の発明と同じようなもので、潰したい特許の出願日より前に公開されている発明を探します。例えば、特許のデータベースや学術論文のデータベース等を利用して、潰したい特許の発明と同じか似たものを探します。
① 特許のデータベースを利用した調べ方
特許のデータベースを使用して潰したい発明と同じような発明を探す場合には、無料で使えるデータベースの特許情報プラットフォームなどを利用してもよいでしょう。
特許情報プラットフォームなどの特許のデータベースを使って、潰したい特許の出願日より前に公開されている似たような発明を探します。
なお、特許情報プラットフォームなどの使い方については、無料の特許データベース3選と各データベースでの特許の検索方法の記事を参考にして下さい。
特許のデータベースでの調べ方のポイント1(引用文献を利用する)

既に世の中にある発明と同じような発明は特許を認めることはできないため、特許を認めても良いかを審査する審査官は、審査において似たような発明がないかを調べたりします。
審査官が審査で利用した発明(引用文献)は、引用文献データとしてデータベースに蓄積されている場合があります。
引用:特許情報プラットフォーム|特開2002-272409
例えば、特許情報プラットフォームで検索された公報には、経過情報のタグがあります。
引用:特許情報プラットフォーム|特開2002-272409の出願経過
経過情報のタグを開くと出てくるページの中の出願情報タグから引用文献を確認できます。なお、有料のデータベースを利用すれば、引用文献をまとめて検索することも可能です。

キーワードなどを利用して検索しても似たような発明が見つからない場合には、引用文献を辿って調べると、似たような発明を見つけることができる場合もあります。
特許のデータベースでの調べ方のポイント2(外国の特許データベースを利用する)
日本国内の特許を探しても、潰したい特許の発明に似た発明が見つからない場合は、米国やヨーロッパや中国などの外国の特許を探してもよいでしょう。外国の特許を無料で調べたい場合には、欧州特許庁などが提供するEspacnet(エスパスネット)などを利用しても良いでしょう。
② 学術論文などのデータベースを用いた調べ方
特許のデータベースを探しても、潰したい特許の発明に似た発明が見つからない場合は、学術論文などのデータベースを探しましょう。無料で使うことができるデータベースとしては、例えば、国立研究開発法人科学技術振興機構が提供するJ-GLOBALやJ-STAGEの他にGoogle Scholarなどのデータベースがあります。
J-GLOBALの場合には、論文全文を検索できないものの、蓄積されている論文のデータが豊富です。
J-STAGEの場合には、論文の収録件数がJ-GLOBALに比べて大幅に少ないものの、論文全文を検索できるものもあります。
Google Scholarは検索結果を学術論文や書籍などに絞ってGoogle検索ができるデータベースです。
学術論文などのデータベースでの調べ方のポイント
学術論文などのデータベースは特許のデータベースとは異なり、検索できる範囲が論文の著者名や要約やタイトルなどに限られる場合もあり、網羅的に調べることは難しいです。
学術論文などのデータベースを利用して調べる場合には、論文に記載された参考文献を辿って潰したい特許の発明に似た発明を探すか、潰したい特許の発明の技術分野でキーパーソンとなる研究者の氏名を検索して調べるなどの工夫が必要です。
3. 見つかった発明で特許を潰せるか検討する
データベースを調べて似たような発明が見つかった場合には、見つかった発明で潰したい特許を本当に潰すことができるのかを検討します。
潰したい発明と同じ発明が見つかった場合には、潰したい特許を潰せる可能性があります。また、潰したい発明と同じ発明が見つからない場合でも、見つかった複数の発明を組み合わせることで、潰したい発明になるならば、潰したい発明を潰せる可能性があります。

厳密ではありませんが、鉛筆の発明と消しゴムの発明が見つかった場合には、鉛筆と消しゴムを単純に組み合わせた消しゴム付き鉛筆の特許は潰せる可能性があるというイメージです。
ただし、一見すると複数の発明を組み合わせたように見える特許の発明でも、特許を潰すことができないケースもあるため、注意が必要です。特許を潰せるかについて心配な場合は、弁理士に相談しましょう。
4. 特許を潰すための手続をする
検討の結果、潰したい特許を潰せると判断した場合には、潰したい特許の出願日前に既に同じ発明が世の中にあること等を根拠に、特許を潰す手続きを特許庁にします。
特許を潰すための手続きとしては、特許異議申立と特許無効審判の2つの手続きがあります。特許異議申立は、潰したい特許の特許公報が発行されてから6ヶ月以内しかできないため、6ヶ月を過ぎた場合には、特許無効審判の手続きをすることになります。
特許異議申立か特許無効審判の手続きをすると、特許庁で特許を潰すべきか否かの判断がされ、特許を潰すべきと認められると、特許が潰されます。
① 特許異議申立の手続き
特許異議申立の手続きをする場合には、潰したい特許の特許番号、特許異議申立の手続きをする人の氏名や住所、特許が潰される理由などを記載した特許異議申立書を作成して特許庁に提出します。
特許異議申立は匿名ではできない
特許異議申立書には、特許異議申立の手続きをする人の氏名や住所などを記載する必要があるため、特許異議申立を匿名で行うことはできません。
② 特許無効審判の手続き
特許無効審判の手続きをする場合には、潰したい特許の特許番号、特許無効審判の手続きをする人の氏名や住所、特許が潰される理由などを記載した書面を作成して特許庁に提出します。
特許無効審判の成功確率
特許無効審判の手続きをして、特許を潰すことができた成功確率としては、2015年のデータとなりますが、約18%です。
よくある質問
Q1. 他人の特許を本当に「潰せる」可能性はどれくらいありますか?
統計上は、特許無効審判で全部又は一部無効と判断される割合はおおむね2割前後とされています。ただし、個別の案件では、先行技術の資料がどれだけ揃うか、主張の組み立て方が適切かによって結果が大きく変わります。実際の見込みは、具体的な資料をもとに専門家と個別に検討する必要があります。
Q2. 特許異議申立と特許無効審判は、どう使い分ければよいですか?
特許異議申立は、特許公報が発行されてから6か月以内に第三者が行う「簡易な見直し」のような手続きです。期間を過ぎた場合や、より踏み込んだ争い方をしたい場合には、特許無効審判を検討します。どちらも先行技術の提示や法的な主張が必要になる点は共通です。
Q3. 異議申立や無効審判を匿名で行うことはできますか?
現行制度では、特許異議申立・特許無効審判のどちらも、申立人(請求人)の氏名・住所等を手続書面に記載する必要があり、匿名では行えません。自社名を出すことに不安がある場合には、どこまで情報を開示するかも含めて、事前に専門家へ相談することをおすすめします。
Q4. 自社だけで特許を潰す手続を進めてもよいのでしょうか?
形式的には、企業や個人が自ら異議申立・無効審判を行うことも可能です。ただし、先行技術の探し方や、どの証拠をどのように主張に結びつけるかといった部分は専門性が高く、判断を誤ると本来潰せたはずの特許を維持させてしまうリスクもあります。重要な案件では、少なくとも一度は弁理士など専門家の意見を聞くことをおすすめします。
まとめ|「潰したい特許」の中身をまず言語化する
感情的に「おかしい特許だ」と判断する前に、まずは特許公報を読み込み、どのような発明について、いつの出願を前提に権利が認められているのかを整理することが出発点になります。
そのうえで、出願日前に公開されている先行技術(特許文献・論文・カタログなど)を洗い出し、同じ発明や、組み合わせれば同じと言える発明がないかを丁寧に探していきます。自社だけでの調査が難しい場合には、調査会社や特許事務所に調査を依頼するのも有力な選択肢です。
潰せそうな先行技術が見つかった場合には、特許異議申立や特許無効審判などの手続を通じて、特許庁に対して無効理由を主張・立証していくことになります。もっとも、実際に無効にできるかどうかの見極めは専門性が高いため、重要な案件では一度、第三者の専門家の目を入れておくと安心です。
「この特許は本当に潰せるのか」「調査や手続をどこまでやるべきか」を検討したい場合には、弊所の無料相談をご利用ください。具体的な特許公報や事業計画を拝見しながら、現実的な選択肢を一緒に整理していきます。
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この記事を書いた人:弁理士・米田恵太(知育特許事務所)
























